困惑
確かに、胡散臭い奴だった。
私を可愛いとか言うし、抱きたいと言うし、でもぐさぐさと嫌なことを遠慮することなく言ってくるやつだった。
でも、そこを好きになってしまったんだろうな。
「とても綺麗なドレスですね」
「仮面も素敵だこと」
父さんの仮面パーティだなんだに、強制的に参加させられた。黒いドレスに黒い目元だけを隠す私の正体を知るものはいない。だからこそ、私に話しかけられるんだろう。正体を知っていたらの話なんだけどさ。
どっちみち、最初こいつらが口にするのは服装についてだった。それにお礼を言えば、そのお礼を言ったことを褒める。褒めて、褒めて褒めて。
だけど、中身がない。
ただ、褒めなければいけないから褒めているのか? こんな誰かもわからないパーティにそんな必要ないだろう。
どっちにしろ、この中にも私を見るものは居なかった。
私を見てくれた人は、私を利用するためだけに近づいた。
父さんを、見ていたのかな。父さんの弱みを握るために、近づいたのかな。
だから、化物みたいな私でも、怖がらなかったのかな?
考えれば考えるほど、嫌な溝に浸かっていく。泥沼みたいで、もがけばもがくほど埋もれて、息ができなくなる。いっそ、死んでしまえたらいいんだ。
だけど、灯真さんがそれを許してくれなかった。
ねぇ、オズ。オズは何を見ていたの?
私なんか、やっぱり見ていなかった?
もし、オズがこのパーティに来てたとして、それでも私と分かって話しかけてくれる?
無理、だよね。
こんな、いつもじゃ着ないような女の服を着ているし、仮面もしている。
探し出してくれるわけないよね。
真ん中で、二人組になってゆっくり回ったりしているのはなんでだろうか。離れた場所でため息をつきながら、壁に寄り添っている。
ただ、一人でぽつんと、立っていた。
「綺麗ですね、お嬢さん」
だけど、また私に誰かが話しかけてきた。
だけど、その声は聞き覚えがあって、声主の方向へ体を向けると、同じく仮面をして、マントを羽織っている男が微笑みながら私に手を差し伸べてきた。
「一曲、一緒に踊っていただけませんか?」
お前らしくない言葉使いに、私は戸惑いを隠せなかった。だけど、差し伸べられた手を振り切ることなんてできなくて、仮面の男の手に、自分の手を重ねた。男は、誰にも見られないように口角をつりあげた、そのまま私の手を引いてダンスをしている人たちの中に誘い込んだ男が私の腰に手をあてる。
「うっ……」
「くすくす。反応した?」
「……なんで、おま」
「しー。君の執事が目を光らせてるんだ。黙って」
ゆっくりと手を絡めながら、オズは私を誘導する。見てくれはダンスをしているみたいで、その知識がまったくない私でも踊ることができた。
オズは、私を利用していたんじゃ。私を殺そうとしてたんじゃ。
じゃあ、殺しにきたの?
でも、なんでこんな中から見つけ出すの?
やめてよ。こんなの、嫌いになれないじゃないか。
そんな困惑して、オズを見上げる私に気がついたのか、私の耳元に近づいて囁く。
「日付が変わる頃には、身支度を終わらせて部屋で待ってて。さらってあげる」
「さ、」
「じゃあ、あとで」
そのまま、深々とお辞儀をしたオズがその場を離れてすぐに灯真さんが私に駆け寄ってきた。灯真さんは仮面をつけていないから、すぐに誰かわかる。
そして、心配そうに眉を八の字にさせて、私の肩に手を置いた。
「大丈夫ですか? 初めてでしょう?」
オズに触れていた手が、腰が暖かい。
私は胸元に、触れていた手を片手で包み込んで灯真さんにこう答えた。
「うん。大丈夫だよ」
胸の奥底から、早い心臓の音が聞こえていた。
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