現実
あれから、男は何回も私を求めてきた。
男だから、こういうことをしたいのはわかる。だけど、やっぱりお互い名前は知らないままだから、本当に好き同士なのかわからない。
もしかしたら、男は同情して私と付き合ってくれているのかもしれない。
うざいし、性格破綻してるけど、それでも私のそばにいてくれることは、何にも変えられないくらい嬉しいことだった。
男が、今の私をみたら軽蔑するのだろうか。
灯真さんの言われたとおり、男装して町を歩くとどうも、私が弱そうに見えるからか、突っかかってくるやつがいる。私が、巷で変に有名になってる化物だと知らずに、のんきなものだ。
男達に誘われるまま、市場の奥へと私はついていき、人が誰も居なくなったところで刀を抜いた。最初は笑っていた男達も、私が本気だとわかった途端、顔を青ざめる。
「止めろ!! お、俺達は、ただっ!」
「言い訳なんて、どうでもいい。この領土で最近ヤクに手ぇだしてんのはお前らだな。おとなしく殺されろ」
「そ、そんな……! そうだ! お、俺だけは助けてくれ!! 他の情報も全部言うから!!」
「てめ! 卑怯だぞ!」
「裏切り者!!」
「テメェらなんてどうでもいいんだよ! だから、ねっ? た、たすけ」
うるさかったから、男の首を跳ねた。
転がる男の生首に、首から吹き出す血液。その光景に別の男達は悲鳴をあげていた。逃げ用にも、どうやら腰が抜けたらしく、私を怯えた目で見ている。
「私に、情報なんてどうでもいい。そこらへんは父さんが何とかするからね。でも、目の前でされてるなら話は別だ。腐ったモノは、早く処理しなきゃいけないからね」
灯真さんにもらった、男装の服も真っ赤に染め上がる。
男達が涙を流し、乾いた笑みを漏らす中、私は剣を振り上げた。
そして、何時も通り血の海が出来上がる。
出来上がるは出来上がる。だけど、そのあとが問題だ。
生首が血の涙を流して、私を睨みつけていた。そして、自分が狂っているんだと再確認させられる。
こんな姿を、男に見られたら終わりなんだろうな。
こんな血に染まった私を抱いていたと知ったら、死にたくなるだろうな。
男に、名前を呼ばれたいのに、私は嫌われるのが怖くて言えなかった。だけど、そろそろ限界なようで、男に自分を隠してることが辛くて、胸に何かつっかえたみたいだった。
頬に、垂れた血の雫は、何を意味していたのだろう。
「なっさけない顔」
「……は?」
ゆっくりと、路地裏から姿を現したのは、好きになっていた黒髪の姿。
頭が真っ白になる。そして、どうしてここにいるのかとか、こんなところ見られたら嫌われるとか、恐怖で立ちすくんでしまう。男はそんなこと構わないとばかりに嘲笑いながら歩み寄って、私の両頬をつつみこんだ。
「うわ、真っ赤。他の男に汚されないでよ」
「え、え……」
「何? 言いたいことがあるならハッキリ言いなよ」
「……こ、こわく、ないの?」
男は、はぁ? とばかりに私を見下すけど、意味がわかったのかニタニタし始めた。そして、男は私の両頬に手をそえたまま、おでこをこつんと合わせる。
「君なんか、ぜんぜん怖くない」
「……!」
「だいたい、僕を怖がらせたいなら、もっとえげつないことすることだね」
それくらいしないと、つまらないでしょって言いながら、男は手を頬から離して、腰に回した。男の胸に真っ赤になった顔を任せながら、私は喉から溢れ出るしょっぱいものを我慢することなく、男にお願いする。
「夜美」
「……は?」
「私の名前、夜美。お願い。名前、教えて」
言いたかった。言って欲しかった。
拒否しなかった。もっと、近づきたかった。
男の顔は見えなかったけど、私をもっと強く抱きしめてちゃんと答えてくれた。
「……オズベルト」
「オズ、ベルト。……大好きだっ……!?」
突如、オズベルトと私が引き剥がされた。そのまま、別の誰かに抱きしめられている。
「初めまして、オズベルト・ヴェンチェンツォ」
なんで、灯真さんがここにいるの?
なんで、オズベルトを知ってるの?
その言葉を紡ぎ出す前に、灯真さんはオズベルトを睨みつけながら、私に訴えた。
「夜美。彼は、貴女を利用しようとしたのですよ」
地獄に叩きつけるように、現実を突きつけられた。
prev / next