ヒロ様とコラボリレー | ナノ


真隣


 何で、私が屋敷に帰らなきゃならないのか。
 市場から離れたこの小屋は、拒絶される恐怖もなく居心地のよいものなのに、父さんがまた私に使いをよこして、屋敷に帰ってこいと促してくる。
 しかも、その使いが私が逆らえないくらい幼少からこんな自分を世話してくれた灯真さんだ。父さんは、確実に私の弱いところをつく。


「貴方が、父上を好ましく思っていないのは、重々承知しています。しかし、貴方達は親子です。親子は、一緒にいるべきだと思いますよ」
「……いくら、灯真さんの言うことでも、私は……」
「夜美お嬢様。この小屋で住む最低条件をお忘れですか?」
「うっ……み、身なりだけでも、男装をすること……」
「はい。貴女を女性と知った場合、貴女を舐めて襲ってくる輩、または、貴女と結婚して地位を得ようとする輩も現れるでしょう。屋敷から離れる以上、それは最低限守ってください」


 何もない小屋を掃除して、料理まで作っていく灯真さん。彼は日本でもうちの武家に奉公していた。そして、海外に逃げる際、つかえるのは、平城家だけだと一緒についてきてくれた。父さんに意見を言ったりするけれど、間違ってないことばかりだし、もともと覚えも早くて真面目で努力家だから、父さんのお気に入りだった。
 そんな灯真さんに、今みたいにいろいろ言われながも、ずっとそばにいてくれたのは心底感謝している。だけど、やっぱり肩身苦しい。


「……はぁ。でも、一人で住むこと自体に私は反対ではないのですよ。いろいろな世界を見れますし、自立もできます。夜美お嬢様を邪魔するつもりもありません」
「ほ、ほんと……!?」
「でも、親に連絡くらいとってください」
「うっ……」
「寂しいものですよ。たった一人の大切な愛娘が巣立ちしたまま連絡がないのは、私でさえ不安になります」
「あの親が私を心配するわけが……」
「私は、命令でなくともここには訪れますが、今回、貴女の父上から貴女に一度屋敷へ帰ってくるように言いつけられてここに参りました。貴女の父上は、心配していますよ」


 灯真さんの言うことに、何も言い返せない。口をつむんでいると、灯真さんは身支度を終えたようで、コートを羽織っていた。


「今日は、失礼しますが……近いうちに、父上の顔はご覧になってください」
「は、はい……」
「最後に、男には気をつけて。貴女みたいな無垢な存在が変な男に騙されないか私は本当に気が気でないのです。なんなら私がここで警か、」
「だ、大丈夫だから! そ、そんな心配しないで!」
「しかし」
「す、すごくうれしいよ……ありがとう」


 流石に、これ以上は耐えられない。灯真さんは大好きだけど、小言は三時間以上はしんどくなる。灯真さんは少し残念そうにしながら、小屋から立ちさっていった。
 少し体が重く感じて、椅子に腰掛けてしまう。
 こう一人になると、灯真さんのことを考えてしまう。とうさんが、小さい頃、なんなら灯真さんと結婚したいかと笑いながら聞かれたことがある。
 だけど、灯真さんはずっと私を妹みたいに、私を大切にしてくれる。
 それだけが、嫌だった。私も、灯真さんと同じ場所に、隣にいたかった。
 だけど、どこまでも前にいて、それは近くにいればいるほど自覚する壁で、胸が苦しくなって、その場に立ち尽くしてしまう。


「なに、してるの」
「……ぎゃあああ!? 何時からいた!?」
「僕がノックなんてするわけないでしょ。それより、鍵くらいつけたら? 無用心にもほどがある。君なら対処できるかもしれないけどね。女のくせに」


 椅子から飛び上がって、目の前にいた男――最近、恋人になったやつから距離をとった。何時もなら、確実に気づくのに。そんなに私は考えこんでいたのか。
 男がキョロキョロとあたりを見渡して、少し目を鋭く細めた。


「誰か来たの? 凄いきっちり片付けられてるけど」


 これ、もしも世話係が来たなんていったら、身分がバレるかもしれない。
 自分の身分がバレたら、化物だってバレたらこの男だって私から離れていく。
 それが、嫌だった。だから、名前も教えられなかった。


「きた、は、きた」


 でも、嘘はつけなかった。
 濁した言葉に、男は気に入らなそうにこっちに視線を向ける。


「ふーん、あっ、そう」


 でも、男の回答はあっさりしていた。それが、逆に寂しくて、自分で隠しておきながら、もっと構ってほしいと願ってしまう。
 男が、台所にあった鍋の蓋を開けて、中身をみたりしながら、私に訊ねる。


「これ、君作った料理じゃないよね」
「ま、まぁ」
「やり直し」
「え」


 男がその鍋のとってを掴んで、ゴミ箱にどぼどぼとその灯真さんが作った料理が、ゴミになってしまった。
 呆気にとられて、佇む私に、男はニヤニヤ笑いながら、椅子に腰掛けて言った。


「ほら、さっさとつくりなよ」


 何でそんな必要があるのか。もしかして、自分の料理が食べたかったのか。
 灯真さんの料理が食べられないことと、勝手に捨てられたことは腹立たしいが、それ以上に男に私の手料理を気に入られたことが嬉しくて笑みを浮かべてしまった。
 本当、なんでここまで好きになったんだろうね。




prev / next

[ 戻る ][ top ]



- ナノ -