変人
「ねぇ、ヤろうよ」
「ふざけんな死ね」
女って、よくわかんない。
敵の内部情報を得るにも、女の暗殺を成功させるにも、この恋人というポジションは大いに役にたつ。本当にバカな女だ。まんまと、僕に騙されて、惚れちゃってさ。
だけど、好きと言ったのは最初だけだった。言ってみてよって言っても、ごもった挙句殴られるし、じゃあセックスしようと言ったら最初は壁に投げられた。僕が好きなんじゃないの? というか、本当に僕が好き? どうせ、顔でしょ? 顔がいいのになんでセックスが嫌なの? 本当わけわかんない。
そういえば、ジャッポーゼの女は貞操だけはしっかりしてるとか、耳にしたことがある。これは時間との勝負か。幸い、女の父親は、女に僕のことを言っていないみたいだ。
何で、僕は女の名前を言わないか。それは、女が自分の名前を言いたがらないからだ。恋人だろって言っても、名前は言えないと首を横にふる。だから、僕も名前を言わない。僕から名前をいうなんて、ごめんだね。
女の領地にある、市場から少し離れた人の気配がないところに、女は住んでいた。どうやら、屋敷には住んでいないらしい。というより、屋敷の人間だと絶対に口にしなかった。
僕をただの町人と勘違いしているのか、多少身分というものを意識し始めているらしい。腹が立つね。
「えと、あの……」
「ん?」
フードとコートを脱いだ女は、きちんとしたワイシャツを着ていて、こんなひっそりとした場所に住んでいるようには見えない。そんな女が、少しもごもごと視線を泳がせながら、僕に向き合う。
「……何?」
女は、嫌いだ。こうやって同情を引くような態度をとる。
女は背から何かを回して、目の前に差し出した。
ブランケットに、いろいろなパンが入っている。
「く、口にあうかわからないけど……」
さて、どうしようか。もし、これに毒が入っていたら、僕はお陀仏だ。だけど、ここでいらないといったら怪しまれる。
これは、賭けか。それに、女を試すこともできる。
僕の正体に気づいているか、気づいていないか。
ゆっくりとそれを手にとって、片手で一口サイズにちぎって口に放り込んでみた。表面はカリッとしていて、中の生地はふわふわ、噛めば噛むほどもちもちとした食感とバターが口の中にふんわりと広がっていく。正直な話、すごく美味しかった。
「ど、どうかな……?」
女は、ソファーに腰掛ける僕と同じ目線になって、目を凝視してきた。
僕が、鈍感ならどれだけよかったか。女は、本気で僕のためにパンを焼いていたってことに、気づかなくてすんだのに。
「まぁまぁじゃない」
「そ、そっか。次はもっと頑張るよ」
「君に努力とかできるの?」
女に、自分のキャラを崩壊させられそうで、何時ものように悪態をついたら、女は真っ直ぐと僕を見てハッキリと言い切った。
「できるよ。アンタが、美味しいってくれるなら」
気持ち悪い。やめてくれ。
そんな目で、僕をみるな。
「帰る」
「え!?」
女の目が気に食わなくて、僕はさっさとその小屋みたいな家の玄関へむかった。女は後ろについていきながら、玄関で立ち止まる。
「ま、まずかった……? ご、ごめん……」
本当に、気まずそうに、申し訳なさそうにそう言った女に内心舌打ちしたが、悪印象を与えすぎるのもよくないと、でまかせを口にした。
「美味しかったよ」
嘘に、きまっているのに、女は嬉しそうにはにかんだ。
本当に、うざいし意味わからない。
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