ワカラナイ
外は、町にある民家の地下室だったらしい。
町に出た私は、周囲を見渡した。だけど、以前フィオレと来た時より、忽然としている。嫌な雰囲気だった。
人影が一つも見つからないけれど、確か広場があった場所に気配が集中していた。私は、そちらに足を向け、かけていく。
野次馬精神でも、ミーハーでもないつもりなんだけど、何だ。この嫌な予感は。
そして、広場にたどり着くと、普段とは違った異質な空間になっていた。
兵備員かわからない。だけお、町の人をある地点から中に入らせないようにしていた。その中心には、丸太が立てられている。
ふと、その広場に見慣れた白い髪の女がいた。男でないことに違和感があるものの、その女に駆け寄ると、阿弥央の様子がおかしい。
虚ろな瞳で、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「な、んでだ……あの女は、なぜ、あんな笑顔なんだ。人間は、なんで……人間は、……なんなんだ。同族を、なぜ。なんで、なんで……」
「あ……あ、アドルフ……?」
「……我は、わからない……なにが、ただしいんだ……死なないでくれ……でも、死ななければならない……うそだ。でも、そんな……」
阿弥央が、そう呟く声が町の人々の叫び声でかきけされた。どうやら、何かがはじまったらしい。その広場に連行されていたのは、へらへらと笑っているフィオレの姿。
町の人は、魔女めと罵倒している。そしてフィオレに石を投げていた。石が頭にあたるけど、フィオレは笑っている。
「た、助けないと……!」
暴れてでも、助けるつもりだったのに、阿弥央が私の腕をつかんだ。
視線は下におとしたまま、阿弥央は私に訊ねる。
「フィオレは、望んで死のうとしてる。邪魔をしても、フィオレは死ぬだろう」
「え……?」
「なぁ、破壊神よ。お前はわかるか? 人間を愛することのできるお前なら、フィオレがなんで死を目前として笑っているのかわかるのか? 我には、わからない。何がただしいんだ? 何が間違っているんだ? 何が真実で何が嘘なんだ? 我は、う、うあああああ……!!」
阿弥央が、その場に崩れて、頭を抱えた。普段の阿弥央じゃ考えられない動揺ぶりに、私は一緒にしゃがんで、阿弥央の背をなでると、町の中心から高笑いが響いた。
「皆さんの望む魔女、フィオレはここにいます! どうぞ皆さんの望む道理に殺してください! そして、私の死でどうぞお幸せになってください!!」
しんと、静寂に包まれた広場に、ぱちぱちと火の粉が宙に舞っていく。
真ん中から、赤い炎が空へと浮かび上がった。
私は、何もできずただ唖然とフィオレの最期の言葉が呪いのように、頭にリピートされていた。
そんな中、最初に動いたのは今まで項垂れていた阿弥央だった。阿弥央は空に向かって、手をあげる。そして、頬に水が溢れていった。
ざーざーと広場にのみ雨が降っていき、火が消える。
「人間よ、聞きなさい」
さっき、フィオレがいた位置に、白い髪の女がいた。
フィオレと同じ顔をしたローブを被った女性は、雨に濡れたまま、真っ赤になった目を町の人々に向ける。
そして、嘲笑うように、彼らに宣言した。
「私は、この町に呪いをかけました! 人間を信じることもできず、愚かな行為に及んだ人間どもよ! 貴方達は、二度と隣人を信じることができないでしょう! 新たに生まれ変わった魔女ーーフミの名に懸けて、予言してやりましょう! せいぜい秩序の乱れた町で過ごすことですね! あはっ。あははははははは!!」
そうして、フミは消えた。
あまりの恐怖に町の人は、悲鳴をあげてパニックになっている。
その中、私は一人で佇んでいた。
何もできず、ただ、銅像みたいに立っていた。
「居た」
そんな私の手をつかんだのが、オズだった。
オズにしては、穏やかな笑みを浮かべてパニックになった町の中、私に告げる。
「僕は、まだしなきゃいけないことがあってね。まだ死ねないんだ。だから、未来で待っててよ」
雨がやんだ。だけど、こんな荒れた町の中オズは私を優しく抱き締める。
中央に灰になった丸太が目に映って、また私は失ったことを自覚する。
「おず、ほんとうに未来にいるの?」
「うん。絶対にね」
「私から、離れない?」
「離さないよ」
「本当?」
「……本当さ」
オズの言葉が、本当なのかわからない。
だけど、フィオレを失った喪失感と気持ち悪い謎はもう考えることをやめされた。
ただ、オズの胸の中で呆然と、永遠を望んだ。
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