アイシテアゲル
「夜美ちゃーん。今日はご飯にします? お風呂にします?それとも私を食べます? 殺しますー?」
「……お気遣いありがとうございます。でも、私、食事も必要ないので……あと、人肉は主食じゃないです……」
「貴様は人外をなんだと思っているんだ」
「ああ、すみません。貴女達の主食はなんでしょうか?」
「食べないです」
「我も、ない」
あれから、数日が経った。
最近意識というか、理性を取り戻したみたいだ。数日の記憶が全くない。
その数日間、私を保護してくれたのが屋敷で出会ったフィオレさんという薬剤師と阿弥央、もといアドルフ。たぶん、偽名だと思う。あと、時々フィデリオという可愛らしい男の子が訪ねてくる。とても人懐っこくていい子だ。
カインさんやツバキさんに心配をかけてしまっているんだろう。そろそろ帰らないといけないのはわかっている。だけど、オズを見るとまた自分が保てないような予感がしていた。
それに、もう帰る準備はほぼできていた。流石阿弥央だろう。異次元の空間を作り出していた。調整にすこしの時間がかかるといっていたが、今日の夕方にはできるだろうって。阿弥央すごすぎる。
「今日でお別れですねー。とても悲しいです。あ! なら今日お別れパーティをしましょう! 何がいいですか? 猫の臓器ですか?」
「……いや、いいです」
「そうですかー……。あ、じゃあ、最後に町の探索します? 思いで作りとか!」
うきうきとしているフィオレさんは、本当に悪い人ではないんだろう。実際、私のいやがることは何一つしなかった。ただ、完全にぶっとんでるけど。
阿弥央はフィオレの家の床下にその異次元に繋がる空間を作っていて、聞く耳をもたない。
「……行くなら二人で行け、我は忙しい」
「そうと決まればいきましょう!」
ローブを羽織ったフィオレに、阿弥央にもらった同じローブを羽織って私達あ町外れの家から出ていった。
そして、一番近い町へとフィオレは私をつれてむかっていく。
町は意外に人に溢れていた。フィオレはどうやら有名人みたいで、怪しそうな人ほどフィオレに挨拶して、まともそうな人ほど遠ざかっていた。
「夜美、この時代はいいでしょう」
「え……」
「私は、世の中、全てが正しくて、全てが間違っていると思っています。だから、私はこの時代を愛しています」
「……何を言ってるんですか?」
「ふふっ。アドルフと同じこと言うんですね。ようするに、個人的な意見ですよ。いや、客観的かもしれませんね」
鼻唄を歌いそうなほど、上機嫌のフィオレに、私はついていく。
市場で果物を食べたり、芸人の芸を見たり、穏やかな日々を送っている人間を眺めながら、私は確かにこの時代はいいなと思った。
ただ、結局生きていたら全てが消えてしまうんだけど。
私は、永遠がほしい。
何かが、ほしい。
それは、欲張りなことなのかな。
「少し、知り合いの家にいきますけど夜美もついてきますか?」
「ううん。しばらくここでゆっくりさせてもらいます。ゆっくりしてきてください」
「貴女が言うのならゆっくりさせて頂きます」
一応配慮として言ったはずなのに、フィオレは真に受けてそのまま住宅街? に消えていった。
私はのほほんと空を見上げて、フィオレを待つことにしたが、後ろから誰かに腕を引かれた。
何時もなら、気配くらい気づけるのに。もしかして、人外かと思って武器をとりだそうとしたが、武器を所持していない。
引っ張られて、壁に背を押し付けられた瞬間、唇になにかぶつかった。
黒い前髪が鼻にあたる。
そいつは私をぎゅっと抱き締めた。
私は、その男を知っていて、頭が真っ白になる。
リップ音とともに離れた唇に、私はぽろりと相手の名前を呟く。
「お、ず?」
「……見つけた」
「や、やだ。離して」
「無理」
「離して!」
「……離してって言われて離すくらいなら最初からしてないよ。夜美はバカだねぇ」
くすくすと、オズは笑っていた。
だけど、何時もと様子が違う。
いつものにやにやした笑みでも、蔑むような視線でもない。薄く、不気味にやつは笑っていた。
「言ったでしょ? 君は、僕のモノ」
「う、嘘だ」
「何で否定するの? 夜美も嬉しいでしょ? くすくす……照れ隠し?」
「お、お前は私なんかいなくてもいいんだろ。他に、代えの駒は、女がいるんだろ!?」
「ん? いないけど」
にこり、とオズは言った。
こいつは、何を言っているんだ。だって、だってお前は女を抱いて。
そう口にする前に、オズは私の口になにかを当てた。瓶には紫色の水がたっぷりはいっていて、無理矢理私に飲ませている。
「ん……!? んんっ!」
「致死量の毒薬だけど、夜美にとっちゃ睡眠薬みたいなもんでしょ? 死なないって」
けらけらとオズが笑っていた。
私は、喉が焼けるような痛みに気を失いそうになる。もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。
「くすくす。大丈夫。たーっぷり、愛してあげるよ」
何時もと違うオズの足元に崩れ、私は意識を失った。
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