イキナサイ
「アドルフ! アドアドアドルフさぁああああああん!!」
「……うるさい。デリ。貴様はすこし落ち着くことをだな……」
「どどどどど、どうしましょう! 女の子が! 血まみれで! なな、ナイフがささったまま池に! というか池が真っ赤に変化して!」
「……はぁ?」
ブロンドの髪の少年が、あわあわとしながら我の元に歩みよってきた。我に関わる変な人間の一人だ。どうもバカなようで、他人に利用されていることに全く気づいていない。憐れだが、フィデリオ、通称デリが楽しそうなので我はなにも言わなかった。
だが、そんなデリが慌てて我に近寄ってきた。池が血まみれになるほど出血しているなら、その人間は確実に死んでいるだろう。厄介事には関わりたくなかったが、デリがうるさいので、墓くらい作ってやろうとデリに引きずられるように池に向かった。
だが、我の予想は外れていた。まず、その生き物は死んでいなかったこと、そして、見たことある化け物だったこと。
「貴様……」
「だ、大丈夫ですか!?」
デリは慌ててそいつに駆け寄った。ナイフが心臓に根本まで突き刺さっているにも関わらず、黒髪の娘は獣のように唸っていた。
「シネ、シネ、シネ……」
「だ、だめです! 死んだらなにもできませんよ!」
「うるさい……私なんか、消えてしまえばいい。誰も必要とされない。存在価値なんてない! あはははは! もう最高! 死ねばいいんだよ私なんか!」
……とうとう、壊れてしまったか。
ふらふらとしながら、ナイフを抜こうとする手をデリは止める。だが、まだ小さい子どもを暴力で振りほどくほどには堕ちてないらしい。
「……夜美、だったか」
「ダレ、だ?」
「落ち着け。我はお前と同じ化け物だ。しかも、簡単に死にはしない。貴様なぞに壊されやしないさ。だから、こちらを見ろ」
ぎょろりと金色の瞳がこちらに向けられた。
面倒だが、やるしかない。
ふぅと、ため息をついた。自分は口達者な方でないから、フィオレの口調をかりることにしよう。
「……貴方は、一度もとの世界に帰りなさい」
「帰って、なにになるのさ。どうせ私は捨てられるんだ。一人なんだ」
「本当ですか? その時代に、大切な人はいないのですか?」
「いるけど、きっと私を捨てる」
「もしかして、オズベルトのことですか?」
「…………」
「この時代の人間が、貴方の時代で生きているとは思えません。つまり、人間ではないのですね」
「……うん。幽霊」
「そして、それは貴女以外にも見えてますか?」
「……うん」
「そうですか。しかし、そのオズベルトは貴女を捨てれる状況ですか? 壊してしまう存在ですか?」
「……壊れない。それに、あいつは、私を捨てない……」
「なら、帰りなさい。私が道を作ってさしあげますから」
……ああ。我もフィオレに感化されてしまったのだろうか。こんな化け物の帰還を手伝うことになるなんて。
破壊神は、目からぽろぽろと涙を流して自分になだれ込んだ。胸にナイフがささっているというのに、よくも寝られるものだ。そっと妖力で傷口を塞ぎながら、ナイフを抜くが我まで血まみれだ。
「……今日は、帰ることにしよう」
「アドルフさん! その子大丈夫ですか!?」
「まぁ、肉体的にはな。精神的にはかなりまいっているようだ」
「なら僕の出番ですね! 優しく、」
「そんなもの、化け物に必要ない」
「ああ! アドルフさん! 待ってくださいよぉ!」
フィオレはこの化け物を家に泊めることに反対はしないだろう。しかし、何より気になるのがあのオズベルトという男だ。
見た限り、夜美を好いているようにも見えたが……本当に、人間はよくわからない。
夜美を再度抱き抱えながら、また同じことを疑問に思った。
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