シネバイイ
結局、あの一件からパーティまでオズには会えなかった。職務放棄でクビかなぁと思っていたけれど、ジオやツバキさんは何故か喜んで私が普通にメイド生活を送ることに賛成してくれた。いや、皆何かあったことは気づいているんだけど、聞かないようにしているんだろう。本当にいい人達だ。
「夜美の作ったなぽりたんって料理、大好評だよ。ありがとう」
「い、いえ……」
本当はオズに食べて貰いたかったけど、どうやらパーティには参加していないらしい。屋敷は何時もより賑やかで緊張してしまう。
逆に緊張感が全くないのがジオだった。あらゆるご飯をがつがつと食べまくっていく。言ったら作るのにってくらい早食いで大食いだ。そんなジオをカインさんはあきれたように見つめていたが、ふと何かを思い出した様に、ジオに近づいていた。
「父上。そろそろ落ち着いて下さい」
「ん?どうしてだ?こんなにも美味しいのに、食べることをやめるなんてできない」
「しかし……」
「あなた、何をしていらっしゃるのですか?」
ジオの動きが固まった。たらたらと汗を垂らし始めた。その声主は、茶髪の女性だった。にこにこしていて、瞳の色は認識できない。長い茶髪に、前髪を真ん中で分けた女性はジオにつかつかと歩み寄る。
「て、テッソ……!」
「せっかく皆さんがいらしてくださっているのに、主がこのような低落ではいけませんわ。さぁ、挨拶に向かいましょう」
「だ、だが今の主は……!」
「貴方はヴェンチェンツォ家を背負っていた主ですよ?最後まで責務を果たして下さい」
「う、か……や、夜美助けて!」
カインさんではなく、私の後ろに隠れたジオ。私の目の前には、テッソさんがじっとこちらの様子を伺っていた。
「貴女は……はじめてお会いいたしますね。私はテッソ。ジオ様の伴侶です」
「へ?」
「……もしかして、ジオ様……また、浮気ですか?」
「ちちち、違う! 夜美は私の友人だ!」
なんだろう。テッソさんの背後からブラックオーラが見えなくもない。というか、伴侶?え?じゃあ、リサさんは……?
……ああ、マジで浮気ですか。そうですか。
ジオに怒るのはお門違いだけど、オズに重ねてしまい、すこしきつい口調でテッソさんに答えてしまった。
「はじめまして。私は夜美と申します。カイン様の計らいにより、ヴェンチェンツォ家でメイドをさせて頂いています。よろしくお願いしたします」
「あら。若いのにしっかりしていらしてますね。ジオ様。見習ってください」
「夜美は普段はこんなんじゃ」
「なら、今だけでも長である風格を保ってください。カイン。貴方もですよ」
「はい、母上」
深々とお辞儀をするカインさん。テッソさんの教育あってものなんだろう。だって浮気者のジオだもん。ジオは、オズの子だから、浮気者なんだよね。
あれ、なんかむかむかしてきたぞ。
「……カイン様、申し訳ございません。すこし、気分が悪いので外の空気を吸ってきてよろしいでしょうか」
「そんなかしこまらなくていいよ。うん、体調が悪くならないうちに行っておいで」
カインさんは優しい。穏やかな微笑みを浮かべて、許可してくれたから、私も心置きなく外にでることができた。このままだったら、パーティ会場で暴れていたかもしてないからね。
ホールから離れて、何となくオズの部屋へと向かっていた。怖くても、何でもいいから、見てみたかった。声を聞きたかった。
出ていけっていわれるかなぁとか思いながら、部屋の前まで足を運ぶと、耳に嫌な声が聞こえた。
敏感になった聴覚に聞こえる女のあえぎ声と、卑猥な水の弾く音。
……え?
嘘。
嘘、でしょ?
思考が止まる。
野生の勘は逃げろと言っているのに、体が言うことを聞かない。
だけど、化け物だからこそ扉越しでも聞こえてしまうそれ。そして、女がオズベルトと呟いた声でそれは確信へと繋がった。
だよね。誰でもいいもんね。
私みたいな化け物、どうでもいいよね。
おもちゃだもんね。
だけど、もうどうでも良かった。
全てが、消えてしまえばいいと思えた。
なにより、自分自身が壊れてしまえばいいと願った。
自分なんか、死ねばいい。
皆を壊してしまう自分なんか死ねばいい。
オズに愛されない自分なんか死ねばいい。
死ねばいい、死ねばいい、死ね、死ね死ねシネシネしねしねしね。
ふらりと、その場を私は立ち去った。
死に場所を目指して、私は歩き始めた。
prev / next