キモチワルイデス
アドルフという偽名を名乗り、この奇妙で狂いきってるわりに、親切に特化した女の側に何ヵ月いるだろうか。
我の力の強さ故に狙われ続ける日々に愛想を尽かせて海外へと足を運んだが、我みたいな普通でない者に話しかけたのはこのフィオレという女に、ジオという遊び人のような貴族、そして売春を無自覚に行うガキのみだ。
正直、頭がイカれているのだろう。
だが、ほんの少しは嬉しかった。
フィオレという女が何時何をやらかすか、それが心配で側にいることにしているが、この女は倫理観を地方の彼方へ放り投げたような人間だ。予測も想像もできない。ある意味新鮮だし、根は悪いやつでもないので嫌いではない。
自分に性別はないのだが、女に化ける方がしっくりくる。だが、フィオレが他のものといる場合は、多少強く見せるために男に変化していた。
このように、我でも適合して厄介事に巻き込まれないようにしている。なのに、あの破壊神は何故、あそこ前不安定でありながら人間と共に過ごしているのだろうか。しかも、人間くさい臭いはする。
なにより不可解なのは、彼女が未来からやってきた化け物であるということだ。
はじめは自分の力が弱まったのだと思ったが、彼女の首筋には何か紐のようなものが巻き付いていて、その紐は途中で宙に消えている。時空を越えているのだろう。過去の化け物にしてはこの生活に慣れすぎている。だから未来からやってきと判断した。
あの紐は、あの化け物には見えていないのだろうか。それとも、自分だけしか見えていないのだろうか。そう試行錯誤していたら、フィオレが屋敷の一番高い階にある一室の中に入っていった。
「……ノックもなしに、どういうつもり?とうとうモラルまでわからなくなったのかな?フィオレ」
「オズベルト様。お久しぶりです」
薄暗い書庫から姿を現したのは、黒髪を三つ編みに結った男が現れた。フィオレがノックもなしに書庫に足を踏み入れたからか、機嫌が悪そうだ。
ふと、その男から破壊神と同じ臭いがした。そして、こいつと破壊神の関係がなんとなく想像させられる。
「ノックもなしにすみません。今からノックしますね」
「もういいよ。早く用事を終わらせて。君の顔なんて、みたくもないんだ」
「あら、体を重ねた仲ではありませんか」
「君がいいっていったから抱いただけだけど」
「そうですね。ストレス発散なら何時でも付き合いますよ!」
「……本当、君は気持ち悪い化け物だよ」
なのに、どうやらフィオレとも体を重ねているらしい。フィオレはボランティアでそんな不純なことをしていることは知っていた。それについてどうこういうつもりもないが……。
あの破壊神は、どうもそれでは納得ではないだろう。あの娘は、きっと以前にみたことがある破壊神と同じだ。
誰よりも一人の人間を愛し、忠実で貪欲。そして叶わぬ思いを抱え続け、壊れてしまう。
このままでは、破壊神の被害が我にまで及ぶかもしれない。内心で舌打ちをしていたら、オズベルトという男がこちらに視線を移してきた。
「ねぇ、君もフィオレ抱いたの?」
「……我は、そのようなことに興味はない」
「君、男でしょ?フィオレは上手いし、頼んだら百パーセント受け持ってくれるよ」
「…………」
「アドルフは、女の子ですよ?」
「女?胸ないのに?」
「私の前では女の子なんです」
「オカマ……気持ち悪」
フィオレのせいで、変な認識をされてしまった。これはマズイ。
我はフィオレに向き直り、額に手を当てた。少し青い炎が燃えたあと、フィオレはその場に倒れてしまう。
「……フィオレも化け物なら、君も化け物ってことだね」
「我とフィオレは大きく違う。我は人間ではないが、フィオレは人間だ。何故、人間は人間を化け物と呼ぶのだ?」
「人間じゃないからさ」
鼻で笑った男が、フィオレから受け取っていた薬草をいじりながらそう答えた。
こんな邪悪な人間を、何故あの破壊神は選んだのだろうか。そこらも、不思議で仕方がない。
だが、それよりも伝えなければならないことがある。
「オズベルトと言ったか。貴様、あの破壊神と恋仲……ではなくとも、ある程度の関係ではあるな」
「……そんなわけないでしょ。どこの情報?その情報屋、きっと紛い物だよ」
そう否定はするものの、男の機嫌はさらに悪くなっていた。薬草の茎が今にも折れそうで、こちらに移した視線に殺意がこもっている。
いや、否定をしているからこんな顔をするのだろうか。人間はよくわからない。
「それなら、いいのだが。もし、あの化け物をすいているなら、直ぐに離れた方がいい」
「……君に、何でそんなこと言われないといけないのさ」
「アイツは、化け物のなかでもさらに化け物だ。最悪、お前は死ぬぞ」
我がそう強く言い切ると、オズベルトの薬草を握る手が止まる。
「あの娘は、おそらく破壊神だ。全ての終わりを見届ける化け物だ。何も残らない生き物だからこそ、なにかを築きたい。しかし、あの化け物に築けるものなどない。そして、あの化け物はこの時代の化け物でもない。嫌いならば、すぐに実行できるだろうが、好いているなら、なおさら早く離れた方がいい。何れは離れる運命、」
「ふふ」
オズベルトは、くすくすと笑いだす。
小さく、そして、何がおかしいのか大きく阿呆になったように腹を抱えて笑い始めた。
そして、我に顔を向けたオズベルトの表情を目にして、我は固まってしまった。
「あははははは!!バカじゃないの!?あの化け物が好きだったら離れろ?あんないい玩具を手放すわけないじゃない!絶対、絶対にアイツは逃がさないよ。僕のために、僕が死ぬまでここにいればいいんだ。未来とかどうでもいいさ。アイツは気持ち悪い化け物だけどね、他のやつのモノになるなんて考えたらヘドが出る!」
コイツは、自分自身がわかっていない。
あの破壊神を気持ち悪く思っていて、それでも他の者に捕られたくないから束縛する?どうも、矛盾している。気持ち悪いというのは、負の感情ではないのか?
我には好き、という感覚がわからない。離したくのなら、好きということなのか?
だが、男の切羽詰まった様子に余裕のない態度は、やつ自身をあの破壊神がかなり追い詰めているということは予想できた。
「……何故、気持ち悪いのだ?」
「大嫌いとかいいって殴り付けておきながら、次には大好きとかいって、僕を心配したり看病したり……もう、何もかもだよ」
確かに、それも矛盾している。あの破壊神がそこまで計算できるようにも見えなかったが……計算できてなかったら、あの破壊神もあんなに追い込まれた表情を浮かべてないだろう。
本当、破壊神の鏡だな。
「だが、ひとつ確かなことはあるな」
「……?」
「その化け物に、愛されているんだな」
オズベルトの目が、かっと見開いた。
そして、そのまま視線を下に移し、言葉を失っている。
……そんなに、愛されることが怖いのだろうか?
「ねぇ、本当にそう思うわけ?」
「……何がだ?」
「僕は、自分でいうのもなんだけどかなり性格も悪い。僕にあるのは、地位と金、あと顔とか……テクニック」
「そんなもの、化け物はいらない」
「なのになんで、あんなに真っ直ぐに僕を思えるんだよ。あるものを必要としないくせに、なんでアイツは……」
そんなの我が知るわけがないのに。
ため息をついて、フィオレを抱き抱えた。最後の返答だけして、もうこんな狂人に付き合うのはやめにしようとする。
「お前は気づいてないだけで、きっとお前には何かがあるんだろう。それを、あの破壊神は知っているだけだ」
嫌いなやつと一緒にいるほど、化け物は優しくない。
我と、フィオレのようにな。
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