カエリタイデス
「えぇ!? 破けたンスか?」
「う、うん……ごめんね」
もともと着ていた小袖と袴を着て、辺りを散策してたら木とか茂みにひっかかってメイド服がぼろぼろになったとツバキさんに嘘をついてしまった。
本当のことなんて言える訳がない。
あの時のオズは、本気で怖かった。だからって、離れられる訳ではないんだけど。
行為が終わったら直ぐに何処かに行ってしまったし……結局私はおもちゃなんだなって痛感させられる。
ツバキさんはそんな私に視線をあわせるようにしゃがんで、心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「本当に、何もないんスね」
「……うん」
「……わかりました! なぁに、メイド服の代わりなんて何着でもあるッスよ! 元気だしてください!」
「……ありがと」
「でもツバキとしてはしょぼんとした夜美ちゃんもいいっすけどうへへ」
「……カインさんのしょぼんとした顔の方がいいと思うけど」
「伯爵の! そそそそそ、それは想像しなかったス!! なんて美味しい……! でも泣いてほしくない反面やっぱり見た……ああああ! ツバキはどうしたらいいんスか!?」
「泣かせてから、笑わせたらどうでしょうか?」
ツバキさん以外の、穏やかな女性の口調が耳に入った。そっちに顔を向けると、にこにこと笑みを浮かべた黒髪の女性に、彼女の後ろでむすりとしてるつんつんした白い髪の男性が居た。どちらもこの屋敷では見たこともなくて、首を傾げていたら、女性が両手を合わせて語っていく。
「貴方達が望むなら、私に出来ることをいたしますよ! 殴ればいいですか? 罵ればいいですか? 大切な人を苦しめたらカイン様は泣きますか? ああ、でも、たしか貴女は小さいカイン様が好きでしたね。なら、若返りの薬を仕込まないといけませんね! ええと、仕込んで……どう苦しめたら泣いてくれるでしょうか……?」
「フィオレ、恐らくこやつらはそこまで望んでいない」
「あらぁ……そうなんですかぁ。じゃあじゃあ! 眼球を開かせたらいいですかね! まぶた切断ですか?」
「目的が違ってきている。それより、今回の目的はカインという若造ではないだろう」
「オズベルト様のお使いでしたね。そうでした。先にお願いされた方のお願い叶えることが大切でしたね。失態です」
「……そういう問題ではないと思うがな」
なんだ。この黒髪。
ツバキさんも呆気にとられていた。フィオレと呼ばれた女性はさっきから笑顔でとんでもないことばかり口走っている。冗談のようにきこえるんだけど、どうも私には本気に聞こえた。
それだけじゃない。思い出した。フィオレって女の人は、歩実に似ているんだ。ただ、髪の色が真逆なんだけど。
白い髪?
白い髪の男の人を見上げたら、男性は私に視線を移すなり、眉をしかめた。
「ああ! そうだ。オズベルト様の居場所を訊ねようとしていたんです。どこにいらっしゃるかご存じですか?」
「え、ええと……貴方たちは、一体どんなご用ですか?」
ツバキさんは、さっきの興奮していた表情を思い出させない戸惑った顔でフィオレさんに訊ねた。フィオレさんは素なんだろうけど、わざとではないかってくらいのオーバーリアクションで失態だったと口にする。
「私はフィオレ。薬剤師をしています。この度オズベルト様に頼まれた薬草を手にいれましたので、お届けに参りました」
「や、薬草……?」
「はい。体が溶けそうになる猛毒ですが、上手く使えば若、」
「あんな男にそんなもの渡さなくていいっス。お帰りください」
「ああ、どうしましょう。ならばオズベルト様に渡してから盗んだら丸く収まるでしょうか……」
「この女の言うことは気にしなくていいだろう」
「でもー…」
「先にした契約を優先させたほうがいい」
「それも、そうですね! じゃあ、自分達で探します! 失礼しますね」
そのまま立ち去ろうとしたフィオレさんについていこうとすつツバキさん。そして、白い髪の男が私に近づくなり、耳打ちした。
「何故、破壊神がこんなところにいる。しかも貴様はこの時代の人間ではないな」
「えっ……」
「支障はないだろうが、元の時代の知り合いは大切だろう。早く帰ることだな」
そう口にして、歩実はフィオレについていった。
残された私の脳裏には、幽霊になった、私のそばにいてくれるオズの姿。
そうか、あいつはもしかしたら、元の時代にいるかもしれない。早く帰らないと、シバに殺されるかもしれない。
無理矢理抱かれたことも、今の状況から逃げ出したい起爆剤いなる。帰りたいという願望が、どんどん膨らんでいく。
びりびりに引き裂かれたメイド服を抱き締めて、私は他の女の影のないオズを求めた。
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