オカエリナサイ
その日は、月が赤いように見えた。
外国の地にあるバーから出て、見上げた先の不気味な光は、私の姿のようだった。
今すぐバーに戻れば、もっとひどい地獄絵図が再現されている。そして、その余韻とはいかないけれど、真っ赤に染まった私は人がいたら、真っ先に目を向けたてたんだろう。
どいつもこいつも、怯えた目で私を見ていたな。
化け物って、何回言われたっけ。
でも、実際に私は化け物なんだろう。
消えてしまえばいいんだ。私なんか、生きている価値ない。
だけど、風来さんは違うと言ってくれる。
違うんですよ。風来さんは、優しいから。きれいだから私にそう言いつけるんだ。
もっと、私は汚い、醜い。
「……あれ」
考え事しながら歩いていたから、道に迷ってしまった。
右往左往、森だらけ。だけど、一本だけ道があって、どちらかに向かうといいのだろう。
どっちから、来たっけ?
「……こっちでいいや」
特に選択を気にすることなく、私は細道を歩き続けた。
真っ赤な月に見下ろされ、真っ赤な体を引きずって私は歩く。
そして、しばらくすると少し古い屋敷が見えた。
そしてその屋敷から、呼ばれれいるような錯覚がする。
私みたいなのを受け入れてくれそうな、そんな予感。
ゆっくり、その屋敷の玄関の前に歩いて、ノックをしようとしたら、勝手に扉が開いた。少し驚いてしまったが、私みたいな化け物みたいなものがいるんだろうと中に入ってしまった。
ホールみたいな場所だった。左右に階段があって、そこから同じ場所に向かって、上へ続いている。その階段の間にはシャンデリアがあって、私を見下しているように見えてしまった。
「おかえり」
誰かが、そう口にした。
登りきった階段の先にその声を出した男がいた。
黒い髪を三つ編みに結って、真っ黒のマントを羽織っているあたり、私みたいな化け物じゃ、この薄暗い中、彼を認識できるものはいないだろう。
男は穏やかに、笑みを浮かべていた。
誰にでも浮かべられそうな、微笑。
何故だろう。それがこの上なく不自然に思えてしまうのは……。
「おかえり、って……」
「ああ。君自身は僕を知らないんだっけ?全く責任をとってもらおうかなと思ったにも関わらず、肝心の君がそれ。どちらが先なのかわからなくなるね」
何を言っているのか。
責任?私はコイツの大切な人を殺してしまって、だから私に死ねと言っているんだろうか。でも、それじゃあなんでアイツは笑っているんだ。
さっきとはうって代わり、口角をつり上げ、こちらを見下している。その黄緑色の瞳は弧を描いた。
あれは、獲物を見つけた時の顔だ。
慌てて、私は屋敷から出ようとした。
私が、逃げることを選んだんだ。
なのに、扉はけたたましい音をたてて閉じ、私の前にはいつの間にか男が立っている。
「っ!?」
「何で、逃げるのかな?」
怖い。この男が、怖い。
コイツは何を考え、私に何をしようとしているのか全く読めない。
ぐるぐると思考が渦巻く。そしてその男は蛇女を見てしまい、石のように体が固まってしまった私に歩み寄って、私の頬をゆっくりと撫でた。
「そうそう。夜美はそうしていたらいいんだよ」
なんで、コイツは私の名前を知っているんだ。
冷や汗がだらだらと吹き出した瞬間、唇に何かがあたった。
その男の顔が、間近にあって、後頭部に手を当てられ、その男の顔に引き付けられている。
蛇に拘束されたように、身動きがとれない。蛙に成り下がったつもりもないのに。
腰が抜け、地べたに尻餅をついてしまったら、くすくすと男が笑っていた。
ファーストキスなのに、奪われてしまった。
「僕のことしか考えられないようにしてあげる。嬉でしょ?夜美みたいな化け物をアイシテくれる人も、こんなに必要としてくれてる人もいないから、仕方なく僕が名乗りあげてるんだよ。嬉しいにきまっているよね」
男はそんなことを言いながら、私の胸に手をあて笑った。
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