自己霧中
どれだけ差別されていても、どれだけ嫌われていても夢くらい見る。
確かに体の作りは違うだろう。だけど、感情はほとんど一緒のはずなんだ。
皆が面白いと思えるものに、笑みを浮かべられる。辛いと思うものに涙を流せる。
なのに、誰かもわからないそれを私に指を突き付け口を開く。
『平民のくせに!!』
意味の理解よりも、私はまた否定されているんだと暗闇の中に閉じ籠ってしまうような錯覚がした。
だけど、そんな暗闇に小さな灯りが灯って、本を膝に置いた男が口角を吊り上げておいでと手招きをしてくる。
そんな手招きに救いを求めて歩みよろうとしたら、私は冷たい海に堕ちていた。そして、さっきの手招きしていたヤツが小さく笑い、口を開く。
『みぃつけた』
「!?」
先程まで何か見ていた気がするのに、私は瞼を勢い良くパッチリと見開いていた。
海の中ではない。診療所とは違う、もっとフカフカした毛布の中に私はいた。上体を起こすと、絵本で見るような豪華な、だけど品は少なからずあるほどに装飾されていた。
自分の服装は風来さんがくれたものではなく、白いカッターシャツ一枚だった。でも、かなりでかいから太ももまで隠れてる。
何でこんなとこにいるんだろう。ぼーっとベットの上でしてると部屋のドアが開いた。
そこからひょこりと顔を出したのは、クリーム色の天然パーマの髪をした女のコだった。くりっとした瞳をまた大きく開いて、私に向ける。私が起きていることに気がつくと目を輝かせて駆け寄ってきた。そして身を乗り出すようにベットに手をついて顔を近づける女のコに思わず後退りそうになる。
「目が覚めたんですね!」
「……ァ」
「よかった! 拳銃で撃たれて一時はどうなるかと……!! 流石オズベルト様の信頼するお医者様は違いますね!!」
嬉々と踊っているようにも思えるようにベットから離れてくるくる回る女のコに目を点にさせてしまう。たしか、このこはあの男と一緒にいる……子だよね? で、拳銃って……あ。
撃たれた肩を見ると、包帯で巻かれていた。血は滲んでない。……前の体質なら治っているはずだ。どうなっているんだろう。
「あ、ここが何処なのかとか、私の名前を知らなかったですね。うーん、この場合私が答えるのは後の方がいいでしょうが誰もいませんしいいですね! 私はベリンダと申します。ここは私の婚約者であるオズベルト様の屋敷で、オズベルト様を守ってくださった貴女を保護させて頂きました! 貴女のお名前をお伺いしてもいいですか?」
ニコニコと、まるで子どものように訊ねてくるベリンダという女性に、私は答えることができない。何か紙かペンがあればいいんだけど。あたふたとしていると、ベリンダは首を傾げる。
「どうかしましたか……?」
「ァ、ァ、ァ……」
「も、もしかして声がでないのですか?」
おそるおそる私に訊ねるベリンダに首を縦にふると、ベリンダは自分の両頬を自分の手で包み込んであり得ないと顔を真っ青にさせる。
「たた、大変ですわ大変ですわ大変ですわ! 撃たれたショックで声がでなくなってしまったのかしら!? こ、これじゃ歌を歌うことも会話することも名前を聞くことでさえできない!!」
「(べ、ベリンダさん……落ち着いて)」
「オズベルト様を守ってくださった勇気ある女性なのに! きぃい!! オズベルト様を撃った犯人が憎たらしいですわ! 私があったなら焼け石の上で生涯踊らせてやるのに!! ああ、ああ、ああ!! そんな場合ではありません!! お医者様を! お医者様ー!!」
ベリンダは慌ただしく部屋から出ていってしまった。
残された私は、静寂に包まれながらただ呆然とベリンダが出ていってドアを見つめていた。
そして、そのドアがまた開く。
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