ヒロ様とコラボリレー | ナノ


魔法が解けるまであと


「こらっ。スープを食べるときは音をたててはいけません」


 風来は、本当に意味がわからない。
 診療所という場所で寝泊まりしている私に風来はたくさんのことを教えてきた。
 いや、まず肉という食べ物を与えられて、食べ方が解らなかったんだ。だいたい刺身しか食べないから。
 そこから風来の教育が始まった。フォークの持ち方、ペンの持ち方、身支度のしかた、お風呂というもの、服というものの着方、初歩的なものらしいが、着々と全て覚えていった。最近は料理とやらに興味を持って、風来に快く教えてもらえた。


「とても物覚えがいいんですね」
「……そうかなぁ」
「私も教え甲斐がありますよ」


 ニコニコと笑みを浮かべる風来に、私はどうしたらいいのかわからない。
 風来には感謝している。いい人だし、優しいし、ここまで面倒を見てくれたんだ。
 だけど、私が人間だと思い込んでいる風来を見ると騙しているようだった。それに、目的はあくまであのオズベルトという男の護衛。ここでちんたらしている暇もない。だけど、地上で生き残る術を、護り抜く術を身に付けなきゃ意味がない。
 まず私は歩行にチャレンジしてみた。一歩踏む度に激痛がして何度もしゃがみこんだけれど、痛みは継続すれば次第になれるのか、足の裏の皮膚がナイフで抉れないほどの固さになって、軋む以外に問題はなくなった。
 そうしたら走ってみたり、棒術を使ったりした。ここは海中より遥かに楽なので直ぐに習得できた。風来からも生活できるほどにいろいろ教えてもらった。何時しか、風来を助けたいと、恩返ししたいいう気持ちも芽生えていたけれど、あの嵐の日に助けたニンゲンが頭から離れる日は無かった。


「ダメです」
『風来さん』
「ダメったらダメです。何故オズベルト伯爵のことを知っているか分かりませんが、絶っ対に、ダ・メ・で・す」


 ただ、風来さんにあの男を警護するのが夢だと語っただけなのに、風来さんはあからさまに不機嫌になった。それだけじゃなく、心配もしてくれているんだろう。


「オズベルト伯爵はいい噂ばかり耳にしますが、逆にそれが怪しいです。近日女性の行方不明者も増えていっていますし……その女性はたいてい、オズベルト伯爵に関係があります。夜美がわざわざ護る必要はありません」


 とにかく、風来さんがオズベルトを良く思っていないことは確認した。

▽△

 風来さんに説得はされるものの、やっぱり頭からあの男の顔が離れない。
 海に落ちて、私の目を真っ直ぐと見てきたあの男の顔が、今でも鮮明に思い出される。


『たまごと、紙と、トマト……こんな感じかな』


 声には出ないけれど、風来さんから頼まれた材料の買い出しを済ませて帰宅していると、何だか街の人々が一点を見つめていることに気がついた。そちらに顔を向けると、歩実の魔術か何かで見かけたクリーム色の可愛らしい女にオズベルトが一緒に居た。

 喉から侵入して心臓に何か針が突き刺さったような、だけどそれより遥かに痛くない。いや、外的な傷はないのに、胸が痛かった。
 そんな二人を見たくないと何故か思ってしまってよそ見をすると、瓦礫の隙間で拳銃を構えてる男がいた。
 その矛先は、オズベルトに向かっている。


『ァッ―――!!』


 名前を叫ぶことは出来なかった。ただ、全身が軋もうと、例え私が死ぬことになろうと、あの男だけは助けなきゃならない。
 オズベルトは自分に駆け寄ってくる私に目を丸めて、警戒し始めたけれど、それより前に銃声が広場に木霊した。

 誰一人、ニンゲンが動くことも叫ぶことも出来なかった。

 ただ、左肩が真っ赤に染まっていた私が地面に倒れた瞬間、魔法が解けたように人々は悲鳴をあげた。
 助けられたからか、私は胸を撫で下ろして……眠りの世界に旅立った。



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