ブラックホール
「今日はもう帰りなさい」
「さっきの人、誰?」
「だからもう帰れと言っているでしょう!!」
「hahaha! 何だか浮気がバレた夫婦のような会話だね」
『外野は黙って(ろ/なさい)!!』
「おお怖い怖い。可愛い顔が台無しだよー」
クロウがそうフォローしようとするけれど、私はさっき画面に現れた女がちらついて、嫌な予感がして何か知ってそうな歩実に聞いているのに、さっきから帰れって一点張りだった。
絶対なにかあるのは間違いないんだ。いっそ、ここで暴れて歩実を困らせるって脅してやろうか。
歩実はじっと私を見つめたあと、諦めたように大きなため息をついて、肩を下ろした。
「……わかりました。教えてあげてもいいですよ」
「ほんとう!?」
「貴方なら教えても教えなくても同じ末路を迎えそうですし……無駄だと確認しました」
それは失礼なんじゃないのって言い返す前に、歩実は今の状況、あの女の正体を口にし始めた。
「私は時々地上に行ったりするのですが、あの二人を私は見たことがあります。まず黒髪の男はオズベルト・ヴェンチェンツォ。表向きには実力者の一人ですが、裏ではなにをしでかしているのか……それをうまく隠蔽できているのだから、なおさらです。そして女の方はリベンダ。彼女自体は大したことないのですが、彼女の父親は所謂……暴力団のボスなのです。この二人が手を組めば地上の十分の一くらいは支配出来るのではないのでようか? ああこの性格の悪い男となにも知らない阿呆女の統治する世界なんてみたくないです」
……聞いたのはともかく、だからって話なんだけど。
呆然と佇む私とは別に、クロウはその件に興味津々な様で歩実に説明していた。
「ということは、そのリベンダちゃんとオズくんって子は結婚でもするのかな?」
「そうでしょうね」
そこで、じとりと私に顔を向けた二人に、私は首をかしげてしまった。だけど二人はその私の反応に小馬鹿にしたようにため息をついたり、やれやれと肩をすくめたりする。
「ちょっとどういうこと!?」
「きっと彼女とあの男をひっつけたきっかけは貴女ですよ」
「まぁそうでなくても、気になる男が婚約者持ちって普通しょげるもんなんだけどなー」
「はっ? 気になる? こいつが? 何言ってんの? つか、私がキッカケって?」
「……貴女があの男を助けた功績全部あの女に横取りされているのですよ。まぁ、それでもあの浜からちゃんとした場所まで移動させたのは彼女でしょうがね」
二人にさっきから馬鹿にされてむかつく。それに、別にそれくらいいいもん。
別に、あの男が、誰と一緒になっても、いいもん。
生きてるだけで、それだけでいい。
「まー。もしかしたら結婚反対派に殺されるかもしれませんしね。その方が地上は平和で……」
「もう一回」
「え」
「今、なんて言った?」
歩実が、ここで突っ込まれると思っていなかったらしく目をまん丸にさせていた。
あの嵐の日に唯一助けられた命が、もしかしたら亡くなるかもしれない?
それって、私があの男を助けた意味ないじゃないか。
私の存在も、行動も全部空回りして、何時も無駄なことになってしまう。意味のないことになってしまう。だからこそ、それだからこそ、私は無駄でも後悔をできる限り残さないようにしたい。
「……私が、あの男を生きながらえさせる方法はないの?」
最終的に、ここにたどり着くと思いましたよと歩実は吐き捨てて、真っ黒の液体がはいった瓶を私に差し出した。
「貴女に、それだけの覚悟があるのでしょうかね」
真っ黒の液体は私の未来のように、渦を巻いて先がわからないものになっているような気がした。
prev / next