焼き付くメモリー
「それは、ニンゲンじゃないかな」
金色の髪に、空の色のような目をした男、クロウがそう告げた。
ニンゲンって、たしか野蛮な生き物だったよね? 危ない生き物だから、近づいたらいけないんだったよね。そうクロウに訊ねたら何が楽しいのか分からないけど、カラカラと笑いながら肯定した。
「成人当日にニンゲンに出会って看病するってなかなかない経験だよね。感服するよ」
「……よくわからないけど、ありがと」
「夜美はちょっと抜けてるからねぇ! ね、ニンゲンってどんな生き物だった? ホントにアシって奴で地上を歩いてた!?」
珍しく(いや、わりと何時もかもしれないけれど)興奮気味に前のめりで私に質問を繰り返すクロウに根気負けして、私が記憶の中のニンゲンについて思い出した。
「えとね、上半身は……私達と一緒だったよ。あと複雑な黒い布を巻いてた」
「へぇー。陸上では温度差が激しいみたいだからね。もしくは着衣する習慣でもあるのかな。興味深いや」
「……えとね、尾は、なかった。二つに分かれてて……鱗らしいものがなくて……」
「それがアシだね。僕も一度陸上を歩いてみたいものだね」
子どもみたいに目を輝かせるクロウに私は少しだけ笑った。
だけど、脳裏に焼き付いたニンゲンが私を縛っている感覚は解けない。
黄緑色の瞳が、私を睨み付けていた。そして何を捲し立てているかわからなかったけれど、その唇が私に触れた。
頭も、唇も、胸もあの日から熱くて仕方ないんだ。そして、あのニンゲンが死んでいないか心底不安だった。
「あ、夜美。今日もいいかな?」
「……また? バレたら追い出されるよ」
「その時はあの人のお手伝いでもして食いつなぐよ」
「……強かな奴」
ふとクロウが思い出したように、私が進む先へと向かっていった。
クロウも行きたい場所へ行く方法くらい知ってる。だけど、会いたい奴はそうそうなことがないと誰とも会いたがってなかった。
拾い子の私以外は。
深海の奥深く、ある洞窟へ侵入すると難なく目的の女に会えた。白い髪を肩まで伸ばした、ニンゲンの形とそっくりの魔女が。
「……また貴女達ですか」
「やぁ! ミセス。今日も相変わらず美しいね」
「お世辞などいりません。……どうせ言っても聞かないのでしょう。そこの書物をとってください。必要なんです」
洞窟の中は書物ばかりで、私やクロウは魔女である歩実に言葉やニンゲンの文字を教えてもらっていた。
拾い子だったけれど、人魚の王様に引き取られてしまったから、私はここに住んでいない。魔法か何かがかけられているようで、私以外が侵入したら永遠に迷ってしまうらしい。
人魚の王様に引き取られてからというものの、差別されていた私は度々ここに訪れていた。歩実は適応しろとうるさかったけれど観念したのか諦めたのか、私がここに訪れることを許してくれた。そんな私を見つけたクロウまでついてきて……今はこんな感じに歩実と一緒にいたりする。もちろん、皆には内緒だ。
「そういえば、夜美。風の噂で貴方がニンゲンに出会ったと聞きましたよ」
「え゛っ!?」
「大丈夫でしょう。貴女達の王にはバレていません。まぁバレてもここに住み着く理由にしかなりませんでしょうし」
「アハッ。バレた?」
「……本当に不愉快です。むしろ滑稽でしょうかねぇ……」
歩実が宙に浮いてる書物を何冊もバラバラと捲りながら眉間にシワを寄せていると、はたと何か見つけたようにとまった。
そして歩実が人差し指で長方形を描き、手のひらでそれを横にスライドするとある景色が見えた。
そこには、私が出会ったニンゲンが浜辺に訪れている姿だった。腐った魚に、乾かして被せた布、おでこにのせていたタオル。それらを呆然と見下ろしている姿だった。
生きていたんだ。そう確認するだけで胸の奥の鉛が溶けたようだった。だけど、歩実の表情は逆で強ばっていた。
「面倒なことになりそうですね」
そう歩実が呟いた瞬間、クリーム色の髪の女が目にはいって、胸が苦しくなった。
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