翻弄警報継続中
正太は、私の幼馴染みだった。
何時から知り合ったか覚えていないくらい昔に、私と正太は出会った。
幼稚園に入る前、いや、歩くよりも前に、知り合っていたと母は言っていた。
でも、幼馴染みってだけで、実際私は正太を同い年の子として見ていなかった。何時だって、正太の第一声目は。
「夕ちゃん。怪我してない?」
「そんな無茶ばっかりしていたら、何時か怪我しちゃうよ」
「夕ちゃん。何かあった?」
「夕ちゃん。もっとおしとやかにしよう」
母親みたいなことばかり言うからだ。
学生時代は大人だ紳士だと同級生、上級生、というか、女子から凄いモテていたような覚えがある。何回か紹介もさせられたし、幼馴染みという立場に羨ましがられていた時期もある。
だが、私はごめん葬る。
何が悲しくて、母親を好きにならなくてはならないんだ。
つまり、友達が正太に夢中でも、私は正太と関わりたいとも思っていなかった。
だけど、正太は女の子を紹介するたびに、その条件として私に何かいろいろふっかける。
駅前に可愛いカフェが出来たから、一緒に行こうとか。
何か洋服買いに行こうとか。
最初は、男だけでは入りにくい場所だから、私を連れていこうとしているんだと思っていた。
だけど、ケーキ屋では私が気になったケーキを頼み、私に差し出す。
服屋でも、自分の洋服は買わず、私が着ないような可愛らしい服しか買わない。
ある日、本当に正太がリクエストした店に行きたいのかと訊ねた。そうしたらアイツは。
「夕ちゃんと一緒に何処かに出掛けたかったんだ」
舐められていると思った。
よくよく思い出せば、正太が口にした店は全部、私が一人では入れなかった。だけど、気になる店ばかりだった。
小さい頃から、空手をしていたせいか男子よりも強くなり、がさつになり、気が強くなっていた。
そんな私を気遣ったのか? 同情したのか?
それでも私を知り尽くしたように、正太は頬杖を立てながら微笑む。
それが、すごく悔しかった。
何時か、ぎゃふんと言わせてやりたいと思っていた。
負かせてやりたいと思っていた。
だから、私は正太のプロポーズを受けたのだ。
勝負は何時でも本気で。これが私のモットーだ。 だからこそ、私は正太と結婚した。
しかし、いろいろ失敗したのではないかと後悔する時もある。
まず、正太は自分のストーカーであったこと。だからこそ、趣向も、気になることも、体調も、予定さえ把握していた。まさに、正太の手のひらの上でもがいていた状態だったのだ。
悔しい。
屈辱的だ。
他にもいろいろ気になることはあるのだけど、それは省略する。
とにかく、私は正太に勝ちたい。それを目標に今日も頑張っているんだ。
**
「夜美。アンタ海外でなんの仕事してるの?」
「…………」
「夕ちゃーん。お腹すいたー」
はむはむとサンドイッチを口にしてた夜美に、仕事内容を聞き出そうとしていたのに、また正太に邪魔された。背から抱きついてくる正太の腹に一発咬まし、すぐ夜美に尋問するつもりだったけど、もう目の前には居ない。
「〜〜!! 逃げられたじゃない! アンタ、何か知ってるの!?」
「夜美は、るー…? なんかそんな名前の組織で働いてたよ。確かー…料理人?」
無傷と主張したいのか、胡座をかき、満面の笑みを浮かべる正太を睨み付け、そのまま横切り、朝御飯でつかったお皿を洗おうとしたら、腕を掴まれた。
「……なによ」
「俺も手伝うよ」
そのまま立ち上がった正太はシンクの前に立ち、蛇口を捻る。
私の茶髪とは違う、濡れたようなくせのある黒い髪。涼しげにお皿を見つめる黒い瞳。昔とはまったく違う、がっしりした体格。
不覚にも、心臓が高鳴った。
「(ちくしょう……また踊らされてる……!!)」
「それにしても、夜美も真也も大きくなったね」
「(いっそこの場で一本背負いかましてやろうか……でも、柔道だし、自分から手をだすのは……)」
「俺、子育てとか出来るか不安だった。あんな親父に育てられたから、どう育てるのが一番なのかわからなくてさ」
「(というか、何で私ばっかりドキドキしなきゃならないのよ! ってまてまてまて。これじゃ正太が好きみたいじゃない! 違う断じて違う私はただ正太を負かせたいだけで!)」
「夕ちゃんにはとても感謝して……夕ちゃん? どうしたの?」
「うわっ!?」
急に鼻先まで引っ付きそうな位顔を近づけた正太に、思わず一歩二歩後ずさっていた。
それから、一度も私の目から視線を離さない正太の瞳に囚われて、体が硬直する。
「……可愛い」
「なっ!?」
「夕ちゃんって、本当に俺を誘うの上手」
「な、ななな……! なっ! なにいってんにょよ!! ばっかじゃにゃいの!? らっ! だいたい! 私みたいながさちゅ女可愛いって言うアンタもおかしいし! もうおばさんだしっ!! そ、それに、ガキ扱いすんな! バカ!!」
「アハハ。凄い噛んでる。でも慌てて舌噛んじゃだめだから、落ち着こう。ね?」
「〜〜!! もうしらない!!」
このままでは正太のペースに呑まれてしまう。
一時休戦。そのまま台所から出ていってしまおうとしたら、また背から抱き締められた。
だけど、さっきとは違う。
背中ごしに、正太の体温がしっかりと伝わってくるし、さっきとは違って反撃もできない。
耳元には正太の吐息がかかり、肩あたりに顔を埋めているんだと嫌でも理解した。
「夕ちゃんは、可愛いよ」
「だ、だからっ! んぅ!?」
下から伸びてきた手が、私の口を覆う。
正太は横で、目を細目ながら、静かにという仕草をみせた。
「これ以上、夕ちゃんが話すと自制きかないから、今日は俺の話を聞いて?」
私の頬まで覆えるくらいの大きい手のひらが離れていく。
そして、さらに私をキツく抱き締めて、私の耳元で囁き始めた。
「俺は、何時だって夕ちゃんにしか靡かないし、翻弄されないし、冷静にもなれない。今だって、気を抜けば、夕ちゃんを無理矢理モノにしてしまいそうになる。……結婚しても、子どもを生んでも、君だけは手に入らない。だから、何時だって俺は真剣だ。ガキ扱いなんてしてない。
子どもじゃなくて、一人の女性としてちゃんと見てるから、大切にしたいんだ」
狂いそうになる。
毒されそうになる。
正太に、溺れそうになる。
そのまま、正太は私と向き合うように体勢を直して、私の後頭部に手を沿えた。
そして、ゆっくりと顔が近づいて……。
止まった。
ぴたりと、料金が切れたロデオマシーンみたいに動きが止まった。
そのまま、私の頭を撫でたあと、台所の出入り口から顔を覗かせる。
「…………真也。何してるの?」
「べっ、弁当……忘れたから……」
失態。
大失敗。
まさか、実の息子に現場を目撃されていたなんて!
「そっか。父さんと母さん、今からお楽しみタイムだから、弁当持って早く学校行きなさい」
「言われなくてもそうするよ! というか、仕事はどうしたんだよ!?」
「今日は休み〜。羨ましいか、少年よ」
「羨ましくなんかない!」
台所に早足で入って来たのは、高校時代の正太に
よく似ているけど、髪の色だけ私の茶髪を受け継いだ真也がこれ以上真っ赤になるのかってくらい赤面しながら弁当を引ったくって、そのまま台所から逃げていった。
そして、正太は大きく両手を開いて、私においでと満面の笑みを浮かべて口にする。
「って、できるかボケがぁああああああああ!!」
やっぱり、私は正太が嫌いです。
End
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