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本能と理性に蝕まれて


「紫苑先輩は、大人で羨ましいです」


 平城真也は、少し寂しそうにそう呟いた。対して言葉を投げ掛けられた冷泉紫苑は、黙って彼を観察し続ける。本来ならば深夜の校舎、さらに電気まで消えている状況というのは互いの存在を認知するには難しいだろう。しかし、冷泉紫苑は確りと彼を感じ取っていた。

 窓から現れた青年の顔や手には何かポツリポツリと滑らかな肌を染めていた。それがどんな色素を持っているか、流石に冷泉紫苑でも認知できない。しかし、彼から酷く生臭い鉄の臭いがするにあたって、それが何かは容易に想像できた。そして、今にも泣きそうな表情を浮かべる平城真也は続ける。


「紫苑先輩って、えと……彼女さんが美人で、たくさん人を連れてるじゃないですか。俺も、大好きな子が男子……だけじゃなくて女子にも囲まれて笑ってるんです。それを見たら『あー、外に出すんじゃなかったなぁ』って後悔する自分が汚くて、姑息で気持ち悪くて、沙弥ちゃんの傍にいちゃいけない気持ちになるんです。だけど、だからっていない理由にはならない。俺がどう感じようが、俺は彼女の傍にいたいから」


 愚痴のように、懺悔のように、祈りを捧げるように冷泉紫苑に語りかける平城真也。そんな様子を机に体重をまかせ、腕を組んでちゃんと平城真也に向き合い、耳を傾ける冷泉紫苑に気を許したのか、平城真也は更に続ける。


「えと、つまりなんです。俺、沙弥ちゃんの周りにいる奴に嫉妬しちゃって。紫苑先輩みたいに大人の対応が出来たらよかったんだけど……我慢できなくて、頭が真っ白になって――いつの間にか、また人を潰しちゃったみたいなんです。全く記憶がないんです。怖いんです。もし、沙弥ちゃんの前でそうなったら、俺はどうなるんでしょう? 沙弥ちゃんを、どうしてしまうんでしょう? 俺、沙弥ちゃんが大好きだから、沙弥ちゃんが怖がることをしちゃうかもしれない。まだ自分がするならまだしも、記憶がない状況で沙弥ちゃんに嫌われるなんて絶対に嫌なんです。
 紫苑さんみたいに、大人になれたら……俺は、本当に幸せになれるんですかね……?」


 壁にもたれた平城真也は、そのままズルリと地面に崩れ落ちた。彼の目頭からこぼれる水滴と、壁に染まる何かが冷泉紫苑の目に入る。

 そして、冷泉紫苑は呆れた様にため息をついた。


「何を勘違いしてるかわからないけど――僕も、君と少しは似通ってるし、大人でもないよ」
「嘘だ。だって、だって」
「だっても何もない。これは事実だ。揺るがない本当の僕だ。僕だって、風葵が下僕だろうとわかってても男に囲まれてたら嫉妬はする。愛してくれているのが僕だけだって頭では理解しているんだ。だけどね、君が体験しているように、思考と行動は別物なんだ。分かりやすく言えば、本能と理性みたいなものさ」


 カツカツと冷泉紫苑の足音が生徒会室に鳴り響く。平城真也は壁にもたれたまま、何だろうと彼に目をむけていた。
 冷泉紫苑は、己の懐に手をいれ、月明かりが差し込む窓辺に佇んでいた。そして、平城真也の目に映るのは美しく、そして妖しく口を弧に描いた冷泉紫苑と、彼の手に握られた鈍い銀色に光るパレットナイフ。


「身体が疼くんだ。彼女がその気がなくても、ふと見せる微笑み……いや、違うな。もう彼女そのものを視界にいれるのが罪だと思うんだよね。だから、僕は身体に、本能に任せて罪を裁いている。なぁに、後処理は掃除屋にでも任せたら大丈夫だよ。肝心なのは、彼女の視界に映るのが僕だけだってこと。
 君も、君でなくなる前にそうしたらいいんじゃないかな?」


 愉しそうに、そう投げかけた冷泉紫苑の言葉に面食らったように目を丸めた平城真也。そして、彼は次第に目を細め、笑った。

 それは酷く乾いた笑い声だった。
 とても情けない笑い声だった。
 そして、狂った笑い声だった。
 

 平城真也の涙が頬を伝う時、頬にこべりついた何かが涙に色素を加えた。もちろん、何色かわからない。しかし、涙に色なんてなくていい。それなのに、彼には色があった。

 ゆっくりぎこちなく、くしゃりと笑った平城真也を満足そうに見下ろす冷泉紫苑。そして、嬉しそうに平城真也は口を開いた。


「……なんだ、紫苑先輩も、一緒なんだ……」


 緊張が切れたように、彼は地面に倒れた。しばらくして冷泉紫苑の耳に届いたのは安らかな寝息。そして、やっと月明かりが彼を照らし、彼の外観が自分の予想と合致していたことに気づく。しかし、それにしてはあまりに幸せそうな寝顔だった。


「一緒、ね」


 冷泉紫苑の呟きに答えるものは存在せず、暗闇へと溶け、消えてしまった。そして、彼は月明かりを反射させるようにパレットナイフをかざす。

 パレットナイフには、自分の好戦的な瞳が映し出されていた。


end

―――後書き

「真也×沙弥、紫苑×風葵ちゃん前提で病んでる男同士の会話」を書かせて頂きましたぁあ!!
 いや、何時もは恭真さん中心にリレーを書かせて頂いているので新鮮でした。まず恭真さんと紫苑君はヤンデレの種類が違いますからね! いや、ある意味恭真さんも同じなのでしょうが……。
 今回は、愛しいあの子に近寄る輩がムカつきすぎて相手を潰す男の会話にしてみました。紫苑さんはルカ様のヤンデレ化を参照しました。真也は別人格に怯えてる感じにしました。しかし紫苑さんの助言でぶっ壊れましたね。沙弥は翌日、町から消えるでしょう。

ルカ様、リクエストありがとうございました!!

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