頂き物語 | ナノ


「辛いなら涙を流しましょう」


恨みます。
私を振ったあの人を。

きっと死ぬまで恨みます。
だから私は歌いましょう。
あの人に捧ぐ長恨歌。







《あー、Lina?昔流行ったね、失恋ソングの女王》
《いー加減あきるよね。あの人そういう系しか歌わないもんね。もう流行んないっていうかぁ》
《声はいいんだから、他の歌も歌えばいいのにね》


小型のDVDプレイヤーから流れる映像を、私はぼんやりと眺めていた。
映像では、けたけたと若い男女が話している。

ピ、と小さな音がすると、その映像は停止した。
止めたのは、私の隣で一緒に映像を見ていたマネージャーだ。


「……これが世間の声なんだよ」


マネージャーは、ため息をつきながら言った。
昔、“失恋ソングの女王”と称されたアーティストLina───つまり、私に向かって。


「試しにさ、一回恋愛関係ない歌とか……両思い系の歌、書いてみれば?」


マネージャーからそう言われたのは初めてではない。
もっとも、こんなふうに映像を見せられたのは初めてだったけど。

今時、詞と曲両方を自分で作るアーティストは珍しくない。
私もその一人であるし、その才能があるからこそこうして表舞台に立てたのだ。

しかし、ここ最近、鳴かず飛ばずの状態が続いていた。
マネージャー曰く、それは私が歌う曲が偏ってるせいだと。


───私は、失恋ソングしか書かない。歌わない。

そう決めているし、その信念を簡単に曲げるわけにはいかない。
それには、わけがある。


「何度も言ってるでしょ、私は悲恋しか歌わない」
「でも……」
「私を振ったあの男を後悔させてやるの。私の歌を聞いて、心から苦しめばいいの。だから私は死ぬまで、歌を歌い続ける」


死ぬほど愛してる人がいた。
恋をしてから、毎日が楽しくて、幸せで。
やっとこの思いが実った時には、天にも昇る心地だった。
愛して愛して愛して愛して愛して───この人にならすべてを捧げていいと思った。

なのに、あの人は、いとも簡単に私を捨てた。
私の気持ちは重いんだと。自分ではもう支えきれないと。
そう言い残して───私じゃない人を選んだのだ。


一生分泣いたと思った。
食事も喉を通らない日々が続いて、ずいぶん痩せた。
毎日毎日、泣いて過ごした。
体の水分が全部瞳から流れても、人は死なないんだなと思い知った。

死のうとしたこともあった。
結局失敗に終わって、病院通いを勧められたけど、最初の数回で行くのを辞めてしまった。

私は異常なんかじゃない。
そうよ───異常なのは、私を捨てたあの人。

それを証明するために。
この思いを、この辛さを、この世界のどこかにいるあの人に伝えるために。
私の歌を聞いて、振ったことを後悔して、苦しんでもらうために。
私は、悲恋を歌い続けるのだ。


「……話は終わり。新しい歌書くから、出てって」
「……莉奈、でも僕はマネージャーとしてだけじゃなく、君のことが心ぱ───」
「出てって!」


声を張り上げた私に驚いたのか、マネージャーはビクリと肩を震わせた。
何か言いたげな瞳を行ったり来たりさせた後、机の上のプレイヤーをカバンにしまう。

そのまま扉に向かうと、ドアノブに手をかけてこちらに振り返った。
やはり何かを言いたげに口を開きかけたけど、私が一睨みするとぐっと唇を噛んで部屋を出て行った。


静まり返る部屋の中に一人、取り残される。
自分が望んでマネージャーを追い出したのに、まるでこの世界に自分一人だけなような錯覚に陥った。

───あの人は、この世界の何処かで、他の女と二人でいるのに。

ぐっと拳を握りしめた。
爪が食い込む。ぎちぎち。ぎちぎち。
痛みさえももう感じない。


私は乱暴に紙とペンを取り出して、新曲製作に取り掛かることにした。
今度は何を歌おうか。

さっき思い浮かんだフレーズは、ちょっといいかもしれない。

私は思いつくまま紙に文字を書いていく。

“世界にただ二人でよかった。
愛してたの、心から。
あなたと私。他に誰も要らないと思った。
だけど今私は一人。たった一人。
あなたは今誰といるの?
この世界の何処で、誰と笑うの?”

紙は文字で埋まっていく。
ふと、あの人の笑顔を思い出した。
今は他の女の隣にある、あなたの笑顔。
昔は、私のそばにあったもの。
その隣で、私も幸せそうに笑っていたはずなのに。

好きだった。
愛してた。
楽しくて仕方なかった。
なのにあなたは私を置いていった。

何がダメだった?
あの女には好きと言うの?
どうして私じゃダメだった?

あぁ、憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。


ドロドロとした感情に、押しつぶされそうになる。
あの人がいたころは、そんな負の感情でさえ、あの人が浄化してくれたのに。

ポタ、と雫が紙に落ちる。
涙でインクが滲んだ。
透明なはずの涙が黒く染まって───本当に、私の身体から滲み出たみたいで。何故か笑えた。


「……ふ、ふふふ。は、はは。あはははははははははははははははははははははははは!!はははははははははははははははははははは!!!」


笑っているのに、涙が止まらない。
紙はどんどん黒く滲んでいく。
やがて真っ黒になってしまいそう。


“まるでお前の心みたいだな”


あの人の声がする。
あの女のせせら笑う声。
あぁ、うるさい……うるさい!!!



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