中間に思いを馳せて
※捧げ物語に飾ってある『月日を重ねる不幸せ』の続編らしきものとなってます
※※※ ※※※
この森は最近、騒がしくなる事が増えた気がする。 先日もまた、三人ほど訪問者が現れたばかりだ。 知り合ってからというもの、時々桜幸に花を持って来る歩実と名乗る白い獣と。 見知らぬ相手の誕生日を祝って帰った、黄金に煌めく瞳が一際目を引くシバと名乗る人外と。 それから。
「子孫、ねぇ」
シバに連れて来られたらしい夜美──彼は美夜と呼んでいたが──という名の、小柄な少女。 あの娘からは、“中間”の気配がする。
「シバの女も人間だったって事かなぁ。ねぇ、桜幸?」
もしかしてと考える内に、いつの間にか手を伸ばしていた。 ヒトとバケモノとの中間に生まれて、苦労が無 かったはずがない。 今までに何を思って、どんな風に生きてきたんだろう。 あの娘が俺に吐いた皮肉が精一杯の強がりに聞こえて、いっそ微笑ましかったのを覚えてる。 ヒトは嫌いだ。 けれど、あの娘は。
「……真白」
重ねるなんて愚かな事だと、分かってるのに。
▼ ▼
「まさかあなたの方から、私を訪ねて来る日が来ようとは」
意外です、そう呟く声音は淡々としてるくせに、向けられる視線からは強い好奇の色を感じられる。 わざとかなぁ、これは。 面白い奴だとは思うけれど、いまいちつかみどころがなくて信用してもいいのか迷う。
「我ながら、お前しか頼る相手が思い浮かばない事実に悲しくなったよ」
「失礼ですね、目的地と真逆の方へ案内して差し上げましょうか」
お互いに冗談だか本気だか分からない調子で話しながら、ヒトの合間を縫うように歩く。 結構な数の気配があるのに、誰もが俺たち二人の存在を認識しない。 当たり前だ、俺がそういう妖術を使ってるから。 普通にヒトに化けても良かったけれど、それ じゃあ周りが気になって堂々と話せやしないからねぇ。 何が悲しくて、俺がヒトなんかに気を使わなくちゃならないのか。 足元から伝わるコンクリートの無機質さと、奴 らのざわめきが癪に障る。
「人間が嫌いだと言うわりに、すぐそこにいる人たちに手を出したりはしないんですね」
「そりゃあねぇ。つまらない玩具で遊んだって、 面白くないでしょ?」
「ふむ、そういうものですか」
前方で、ひとつ頷く気配。
「では、あなたが思う“面白い”の基準は?」
「見てて飽きない奴」
短くそう答えたのを最後に、会話は途切れた。 その時あいつがどんな表情をしたのか、この視 界には何も映らない。 これが他の奴だったら、気配で何となく掴めるのに。 誰に対してもこうなのか、ただ単に俺が警戒されてるだけなのか。 さして興味もない事を考えながら案内に従っていれば、不意にあいつの動きが止まる。 何だろう、首を傾げたのも一瞬の事。 空気の匂いの変化に気付いて、つられるように立ち止まれば。
「さて、着きましたよ」
こちらを振り向きながら、相変わらず感情の読めない声音で。
「ここが今郷町です」
あいつ──歩実は告げた。
そっか、ここが。 知らず知らず、口角がつり上がる。 一見ごく普通の人里のようだけれど、それにしては“こちら側”の気配が濃い。 歩実に軽く礼を告げてから先へ進むと、数歩分くらい離れた辺りから敢えて聞かせるような足音がついて来た。
「この町に何の用件があったのか、案内したついでに見物するのも悪くないと思いましてね」
チラリと顔を向ければ、そんな言葉が返ってくる。 要するにタダ働きはごめんだ、と。 まぁ、ごもっとも。 頼ったのはこっちだし、ある程度は素直に話してみようか。 小さく息をついて、口を開く。
「あの娘が少し、気になってねぇ。遠目からでも様子を見られれば、そう思ったんだよ」
「あのコ? 桜幸さんの他に、あなたが気にかけるような人間が?」
これまでずっと平坦だった声音に、初めて訝しげなものが滲んだ。 僅かに眉を寄せたのが目に浮かぶ。 人間、あの娘をそう呼ぶにはやっぱり首を傾げ てしまって。 肯定も否定もできず、誤魔化すように軽く付け足す。
「こないだ、お前たちと一緒に来たでしょ?」
「あぁ、彼女ですか」
納得したのかしてないのか、訝しんだ様子は消えない。 むしろ不審そうな眼差しが強くなった気がす る。 けれど、これ以上語るつもりはない。 覚えのある気配がないか慎重に探っていると、 歩実がふと思い出したように「しかし」と呟い た。
「居場所は分かるのですか? 彼女の行動範囲など、私は把握していませんが」
「うん? 近くにいれば分かるよ、あの娘の気配は特徴的だったし」
「今、この町にいるという保証もありません」
「その時はその時、出直せばいいだけじゃない?」
行き当たりばったりなやり方をしてる自覚はあるけれど、他に方法がないんだからどうしようもない。 急に静かになったから会話が終わったのかと思って、より感覚を研ぎ澄まそうとした……矢先。
「ますます、意外ですねぇ」
くつくつと喉を鳴らすのが聞こえて、一気に集中できなくなった。 おもむろに足を止め、体ごと向き直る。
「同情、ですか?」
いい事を聞いた、とでも言うような。 そんな歩実の笑い方が、やけに耳につく。
「そんなつもりはないけれど」
ただあの子とあの娘が、少し似てるかなと思っただけで。 ヒトである桜幸が産もうとした、バケモノである俺の子。 どちらにもなれるようで、どちらにもなれな い。 中間の子どもたち。 ピクリとも表情を変えない俺は、逆に不自然だったんだろう。 しばらく面白そうにこちらを眺めていたかと思えば、何事もなかったかのようにすぅっと雰囲気を平坦なものに戻した。
「なかなかお優しいんですね」
「嫌味をどうもありがと」
「おや、そう聞こえたなら失礼」
そんな事、これっぽっちも思ってないくせに。 わざとらしいというか、胡散臭いというか。 たまにチラつくこんなところも、慣れちゃえばいっそ楽しくなってくるから不思議だなぁとぼんやり思う。 互いに遠慮しないでいられるのが清々しくて、 自然と口元が弧を描いた。
何となく、今日はもうあの娘は見付からない気がする。
──日を改めて、それから
胸の中の空気を入れ換えようと息を深く吐き出せば、それをどう受け取ったのか歩実もまたフッと笑った。
終
※※※※※
――――お礼
歩実の飄々とした感じを私よりも巧みに表現される哀紀様はさすが!というしかありませんね。しかし、中心は夜美という存在ですが、このあとどう関わっていくか、風来まで巻き込んでしまうのかとか妄想してにやにやしてます。
歩実と伯麗さんとのやりとりはやっぱり独特な雰囲気がありますよね。相手を信用しないけど、観察対象として面白いやつみたいな……この独特な雰囲気大好きです
素敵な作品をありがとうございました!これからどうかよろしくお願いします!!
prev / next