狼少女の甘い檻
「それに、義高さんが悲しむから、できるだけ殺さないよ うにって、最近は思ってるんですよ。だって、義高さんは 私の、世界でいちばん大切な、恋人だから」
ふわりと笑った少女は、俺のシャツのボタンをゆっくりと 外していった。
さっき縄をひきちぎった手とは思えない、繊細な動きで。
「おなか、まだ痛いですか?」
少し腫れが残っている腹部を、少女は指でなぞる。
「毎日のように殴られてるから、耐性がついた」
「……ごめんなさい」
しおらしい言葉の後に、少女のあかい舌が俺の皮膚をざら りと撫でた。
四つん這いになって俺の腹を舐め続ける少女に、俺は解放 されたばかりの手を伸ばす。
髪に触れ、背中に触れ、腰に触れた。
そのたびに、少女の肩がびくりと跳ねて、呼吸が速くなっ ていく。
「みすず」
名前を呼ぶと、顔を上げた少女は、濡れた唇をぺろりと舌 で拭った。
その瞳は、熱に浮かされたように潤んでいる。
「足の縄も解いてくれ。このままじゃ、何もできない」
ぶちり、と音を立てて、あっさりと両足が自由になった。
少女は起き上がり、今度は俺の耳に舌を這わせる。
「義高さんも発情してるんですか?」
「……そう、かも」
密着したふたつの身体は、そのまま床に倒れ込んだ。
初めて会ったあの日の再現をしているようだ、と、俺はけ だるい意識の中で考えていた。
――始まりは、ラブレターだった。
『矢野義高(やのよしたか)さん。あなたが私を助けてくれ た日から、あなたのことが忘れられません。だから私がん ばりました。義高さんのことを虜にしてみせますから、夜 7時に東公園に来てください』
全く心当たりのない内容と、後半の謎の自信に、読み終え た俺は首を傾げた。
他人を助けるなんて熱血な真似をしたことはないはずだ。 数少ない大学の友人たちも口を揃えて『矢野は冷めてい る』と言う。
動物は嫌いじゃないからよく道端の猫を撫でたりしている が、それを見た友人たちは『人間に興味がないんだろう』 などとますます呆れる。
当たらずとも遠からず、というところだ。興味が持てる人 間に、出会っていないだけだと思っている。
『……東公園、か』
しかしこの時の俺はなぜか、この手紙に興味を持った。
バイトが急に休みになって暇だったせいもある。
友人たちのように彼女が欲しいというわけでもなかった が、単純に、この手紙を書いた人物に興味があった。
prev / next