化かし、騙し合い
黄昏時、一人の少女が森の中へと入っていった。
蝉の鳴き声とがさがざと不気味に揺れる木。少女は一心不乱に駆けていた。
手で木の枝を掻い潜り、途中ぶつけた所が血で滲んでいてもお構いなしに少女は駆けた。
後ろからはガザガザと何かが追いかけてくる音。
ひぃっと小さく悲鳴を上げ無我夢中で走り出す。
大きい塊、そして生ぬるいじめっとした吐息が少女の体を包む。
そして、その少女は森の中二度と出ることはなかった。
***
最近、立て続けに起こっている事件をシバから聞き歩実は不思議そうに首をかしげる。
「・・・はて? 神隠しですか」
「そうみたいじゃな。 阿弥央も気を付けろよ」
「犬神と言われる私に忠告ですか?」
「まぁ 、お前ならそういった危険はないとは思うがな」
あははと笑うシバを歩実が軽く睨んだ。そう、この2人は人間ではない。
妖怪、いや神様にそう言う心配など無用だと彼女は思ったが口にはださなかった。言ったところでシバが納得しないから。
大方お前が心配だとか言うんだろう、あぁ・・・・・・つくづくこいつは。歩実は頭を抱えながらため息をついた。
「・・・・・・そうですね。 気を付けてはおきます」
そう言って彼女は笑った。この微笑み方は絶対何かを企んでいる時。
そう思ったシバであったが彼女の何も言わせない雰囲気にただ、苦笑いを浮かべるだけだった。
時刻は夕暮れ、隣の人の顔もよく見えず自分の影だけが異様に長く伸びていた。
田が一面に広がっており、横には小さな神社があった。
念のため入っていく。案の定、ボロボロだった。
壊れた瓦礫から見ると多分狐を祭っていたのだろう。この村は信仰心があまりないみたいですね。
そう、歩実はつぶやいた。
そして、当初の目的だった神隠しの森へとゆっくり入っていくのだった。
森の中は蝉の大合唱で、犬耳がある彼女にはとてもつらい。
耳栓をしたくらいだった、なので指をならし耳を隠した。これなら、白髪をいた普通の人間に見えるはずだ。
「さて・・・・・・うわさの神隠しとやらはいつ起こるんでしょうか?」
着物の袖を揺らし、歩く。カラッカラとなる下駄の音はまるで私はここにいるよとでも教えているようだ。
一体どんな妖なのか? 男?女? 私の意外性をみせてくれるか?
歩実は楽しそうに鼻歌を交えて歩き出す。
カンラ、カンラと下駄の音と混ざり合ってまるでそれは童謡の様。
そして次第にあたりは暗くなり、蝉の音ではなく蛙の音がするようになる。
「そんな所でなにをしているんですか?」
ふと声がした彼女は振り返った。
後ろには提灯を持った青年が立っていた。提灯の明かりのせいなのか一つに結んだ髪は金色に輝いている。
顔は中性的で見方によっては女にも男にも見えた。
男用の着物を着ているので男だと思う。
「あぁ、すみません。 道に迷ってしまって」
歩実はしれっと嘘をついた。そして男もまるで下手な演技と言えんばかりの「なら、私の家に来なさい。もう辺りは暗い
一晩泊まっていけばいい」そうにこやかに言った。
その言葉を待ってましたと言わんばかり位に彼女は嬉しそうにうなずいた。
案の定男は後ろを向いて歩き出す、それに付いていく。
私の予感ならこいつは妖怪、でもあまり獣臭くはないな。 人慣れしているのか・・・・・・?
疑問が浮かんだがそれはこいつから聞き出せばいい。 そう思い歩実は考えるのをやめてまた歩き出す。「散らかってはいるが、気にしないでください。」
「いえ、一晩泊まらせてくれるだけでいいので」
「少ないですが、料理を作りましたので食べてください。口に合うといいのですが・・・・・・」
男の家はひどくこざっぱりしていて、物があまりない。そして人が住んでいるのか? と思うくらい生活感がなかった。
不思議に思いつつ渡された料理を口に運ぶ。
塩と醤油で簡単に味付けされたものだが、予想していたよりも美味かった。
歩実の顔をみて男がにっこりと笑う。
「あなたは食べないのですか?」
「いえ、私は後からいただきます。お客人をもてなすのが先ですから」
其の後も男は彼女の世話をし、世間話をしたりして時間を費やしていた。
寝る時間になると男は布団を用意しおやすみなさいといい戸をゆっくりとしめた。
風の音だけがそよそよと鳴り、歩実はゆっくりと眠りに落ちた。
男はその様子を見て、ゆっくり起き上がる。 そして居間にある包丁を取り出した。
「あぁ、やっと喰える。 生きた人間なんて久しぶりだ」
そう言って笑った男はすでに人の顔をしていなかった。口は三日月のようにキレており牙は鋭い。そこから涎がぽたぽたと落ちていく。
今から食べれるご馳走を見て生唾を飲み込んだ。
ギラリと光る包丁を持って少女のいる部屋へとゆっくりと入る。
耳を澄ませると寝息が聞こえる。
そして男はその布団めがけて思いっきり振り上げたのだ。
「残念、そこではないですよ」
「・・・・・・はぁ!!?」
くすくすと少女の声がし、男が怒鳴る。布団を開けると綿だけが飛び出ておりどこにも少女の姿などない。
くそっどこだ男はきょろきょろとあたりを見渡す。
するとストンと男の後ろに少女が立っていた。
「お前、何で気づいた!?」
「しっぽと耳が丸見えですよ。 狐さん?」
「・・・っ!!?・・・おのれ小娘がっ!」
顔を赤らませ、男が牙をむける。それをするりとかわし、男を蹴り上げた。
床へ倒れた男の背中に足を乗せ、にっこりと歩実は笑う。
「あなた、全部残念ですね。化け方も不十分ですし、私を人間畜生と間違えるなんて失礼です」
「お前だましたな!!」
「騙す?とんでもない、あなたが勝手に騙されただけですよ」
「くそっ、オレをバカにしやがって、封印されされていなければお前など狐火の餌食にしてやるわ!!」
「それは怖いですねぇ、殺されるのは嫌なので殺しましょうかね」
手にお手製の札を持ってニヤニヤと彼女は笑う。
動けない男は牙をむき、唸る。歩実にとってはもう犬の遠吠えにしか感じなかった。
「口惜しい、九尾だった頃のオレだったお前なんて消し炭のものを・・・・・・・あぁ、口惜しい。ひな子め、これで殺されたら
アイツの首を噛み千切ってやる!!」
「では、そのひな子さんによろしくお伝えください」
ゆっくりと男の額に札を置こうとしたとき、ふいに右手が掴まれた。
不機嫌そうに後ろを振り返ると、また男が立っていた。こちらの男とは違って体つきはよく、髪は黒髪。そして鋭い目つきで
歩実をみていた。
「そろそろ、やめとけ」
「あなただれですか? 邪魔しないでください」
「佐高ぁああああああ!!こやつひどいんじゃぞ!!オレのしっぽ掴んだ!!」
「阿呆がもっとよく者を視て獲物を選べ。これだと食われるだけだろうが」
「オレは九尾だ!こんなやつ簡単だバカめ!!」
「今は一尾だろうが阿呆。 犬神に手を挙げて、ろくな事なんてあるわけねぇだろう。」
「おや、よく御存じで」
「こっちの地区では有名だからな、破壊神と犬神。遥の阿呆が馬鹿なことを考えなければかかわらなかったのに」
そう言って舌打ちをし嫌そうに歩実を睨む佐高という男。
睨まれるのはなれっこなのでへらへらと笑い返した。
「そんなに有名でしたか、鼻が高いですね」
「〜!?こいつなんじゃい!!あぁもう!人間の生き胆は食えんし、佐高には怒られるしいいことなんもない!!
これも全部ひなこのせいじゃ!!あいつがオレを縛るから!!」
「あいつのせいにすんな。帰るぞ」
「い、いやじゃ! ひな子の元に帰ったら遊郭へなんて遊びにいけんではないか! 酒も、女も手が出せなくなる!
生き胆!!いやぁああああだぁああああ!!」
遥の首をしっかり持って佐高はズルズルと引きずっていく。
その光景を茫然と歩実は見つめることしかできなかった。
気づいたら家は無くなっていた。
狐の妖術だったのだろう。そこには田んぼしかなかった。
結局なにも得ぬまま帰ろうとした時少女が立っている。
真っ黒い髪に大人びた顔立ちの少女が歩実を見ていた。
その威圧的な視線にただ見つめることしかできない。
「もし、そこの方。金色の髪を束ねた男女に目つきが悪い筋肉質の黒髪男を見かけませんでしょうか?」
「あ・・・・・・さっきそっちにいきましたね」
少女はその問いに満足しゆっくりとお辞儀をしてさきほどの連中がいった方向をみる。
「お礼は今度そちら側にていたしますね。阿弥央・・・・・」
そう言い残し少女は去って行った。
少女の姿はもう見えずただ鳥肌だけがたつ。
さて、この出来事をシバに何て言おうか言い訳を考えながらにやつくのだった。
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