捧げ物語 | ナノ


惚れ薬パニック

 なんだ、これは。
 学校が終わり、自宅に戻っただろ。で、田村が家に来た……。
 俺、コイツに住所教えたっけ?


「お前の友達に聞いた。悪い。私、かなり余裕がなくて、何時もなら待てるのに今は待てない。それくらい小虎が好きなんだ」
「ちょっ、ちょっと待て! お前、彼氏は死んでも作らないって言ってたじゃねーか!」
「それは、ダメってことなのか……?」


 悲しそうにこちらを見上げる田村は、珍しく女の顔をしていた。それに不覚にも心臓が高鳴り、慌てて距離をとろうとしたら、腕を掴まれ、玄関の扉に押し付けられる。
 おい、コイツ細身のわりにかなり力あるぞ!?


「小虎」


 そのまま、後頭部に手を置かれて、もうごめん。意味が分からない。脳内パンクする。
 完全に固まった俺に田村の顔が近づいていったが、急に険しい表情になって、その場から俺をひっぱるように自宅に押し掛けた。瞬間、外で自動車がぶつかったような爆音が鼓膜に響き渡る。


「ちょっと、待ってて」
「おまっ、ちょっと待て! 俺が行く!」
「それじゃ、小虎に何かあるかもしれない。ここは私が」
「馬鹿野郎! お前に何かあったら意味ねーだろ!?」
「それより小とっ」


 ガコッと、何かが抜ける音がした。そして、何かの間から冷たい風が中に入り込む。


「山月君に、何してるのかなー? たーむーら、さーん?」


 にっこり、と俺んちの玄関だったものを横に置いて、田村を見下ろす様に接近した平城。ヤバい、もしかしたら俺殺されるかも。


「口説いてたんだよ。平城君には関係無いでしょ」
「あるよ」
「なら、好きな子の都合も考えたら? その玄関、どーすんの?」
「俺んちに住めば良い」


 だけど、何かおかしい。平城は田村に向かって、あんな怒り狂ったような顔を見せないし、田村は田村であんなに睨み付けない筈だ。
 そして、呆れたように肩をすくめた田村は俺に顔を向ける。


「山月君を見るな!!」
「はぁっ!?」
「嫉妬? 小虎を見ちゃいけないなんて、小虎は言ってないんだからいいじゃない」
「名前で呼ぶなよ!」
「ちょ、お前ら何で言い争ってんだよ!?」


 いきなりこちらに顔を向け、体当たりしてきた平城。
 亥の突進かと思ったわ!!
 だけど、すがるように抱きつく平城は、見たこともない。
 いや、そうじゃない。まるで、何時も田村にしているような……。


「怖いよ」
「……え?」
「山月君が、田村さんにとられちゃうなんてヤダ」
「ちょ、お前、まさか……!?」
「俺がっ、山月君の一番になりたい!!」


 何言ってんだコイツ!? もしかして、ビックリ!? もしくはどっか頭打った!?
 田村がはいはいと呆れた様に俺と平城の間に手の平を割り込み、鬼の形相で田村を睨み付ける平城は平城ではなかった。


「お前、邪魔するのか?」
「私は同性愛をどうこう言わないけど……小虎が困ってんのだけは見過ごせないね」
「つまり、邪魔するんだね? わかった」


 そのまま、平城は俺から離れて、田村と対峙する。田村は苦笑を浮かべて、こちらをちらりと見てから平城に話しかける。


「小虎が心配する。話は離れた場所でつけるぞ」
「…………いいよ」
「ちょっと待て! ホントにお前らどうしたんだよ!? 正気か!? あんなに、仲が良かったのに……!!」


 こちらに顔を向けた田村は、自嘲気味な笑みを、平城はふんわりと優しい笑みを浮かべた。
 ただ。


「山月君は、優しいなぁ。俺、やっぱり山月君が好き」
「そんな顔しないでくれないかな。私、笑った小虎が好きなんだ」


 光の角度か、二人の瞳には光が宿っていなかった。
 そのまま俺んちから出ていく二人。残された俺は、未だに冷たい空気が流れ込む廊下に尻餅をついていた。

 って、そんな場合じゃねぇ!! このままだと、あの二人なにかをやらかすぞ!? 最悪、平城が田村を殺して……。


「うわぁああああああ!! なにが起こってんだぁあぁああ!? 意味がわからねぇええ!!」
「何、騒いでるの」
「うおぁっ!?」


 ひょこ、と可愛らしい擬音語が出たみたいに現れたのは、やや呆れた表情をする黒髪ショートヘアの美少女、じゃなくて男だ。極端に童顔で、しかも小柄だから女に見える……もっとも、スズとは違って女装はしてないから、男だって分かりやすいけど。


「で、なんで玄関が壊れてるの? さっさと修理したら?」
「そ、それはさっき平城が……!」
「平城が? ああ、あのバカ来たの」
「いや、それより大変なんだ!! 田村と平城が、なんか俺を好きになってて、なんか今、」
「ちょっと落ち着きなよ」


 肩から下げてるカバンから、水筒を取り出して俺に差し出す早乙女。いや、ここ俺の家だから飲みたいものはすぐ飲めるんだけど……。


「……さ、サンキュ」


 早乙女から有無を聞かせない威圧感が拒否することを拒んだ。早乙女から受け取った中身は常温の烏龍茶で、胃にスムーズにたどり着く。


「落ち着いた?」
「あ、ああ」
「よかった。で、平城と田村が変って? アイツらは何時も変だから放っておいてもなんとかなるんじゃない?」
「お前、そんな無責任に」
「それに、簡単に死ぬような奴らじゃないし。それとこれ」


 そして、次にカバンから取り出したものは、運動会でもよく見かけるお子様が大好きな重箱。黒色ではなく、子どもが使っていたようなキャラのプリントがされているやつだった。


「それ、お裾分け」
「これがか!? なんか多くないか!?」
「つ、作りすぎたんだよ。日持ちしにくいものばかりだったし、山月は毎日ご飯作ってるんでしょ? たまには休んだら? そして次の日からこき使わればいい。それと」


 顔をまともにみず、早乙女はまたカバンから何かを取り出して、俺につきつけた。


「今日、冷えるらしいから」
「何で、何で腹巻き!?」
「うるさいな! 君、他人ばっかりで自分のこと心配しなさ過ぎなんだよ!」
「うっ」
「仕方ないから、僕がちょっと気にかけただけだよ。これにこりたら、自分のことも大切にするんだね」
「お、おう……」


 そして、じゃあ帰るからとさっさと帰ってしまった早乙女。
 俺の家に、重箱と腹巻きと水筒が増えた、ただし玄関が破壊された。
 ……俺、今日死ぬのかな……異常なことが起こりすぎている。

 ぐったりと壁に体を預け、気を抜いていたら、また来客が音もなく現れた。



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