守りたいだけ
最近、ついてるなぁ。
市ノ瀬は居ないし欲しいゲームが落ちてるし(しかも新品)アイス当たるし、成績も悪くないし、最高だ。
「唯、補習だ」
……コイツさえ居なければ。
▽△
アルベルト先生の補習を受けるのは何回目だろうか。と言っても、枕持参OKとアルベルト先生の割には緩い自習だった。でも私とアルベルト先生しか居ないから寝れないんだけど。
「先生、眠いです帰らせて下さい」
「ダメだ。次の問題解いてからな」
「それ……英語じゃないですよね」
「ああ、イタリア語だ」
「死ねエセ先公」
「黙れバカ生徒」
やってられない。
さっさと枕を抱えてドアの取っ手に手をかけ、スライドしようにも動かない。振り向いたらニヤニヤとしながら鍵をチロチロと餌のように見せびらかすアルベルト先生。やべぇ殺してー…。
「先生。私は気分が悪いです。早く返してください」
「ダメだ。それに、もうそろそろ外はやべぇからな」
「……は?」
夕日をバックに、うっすらと笑みを浮かべるアルベルト先生に、ただならない悪寒を感じた。本能で彼から逃げろ逃げろと警告する。ドアを蹴り破ろうにも、何故か頑丈で破れない。大声を出して助けを求めても、誰も返事をしてくれるわけもなく、悲鳴は廊下に響き、消えていった。そして、ゆっくりと私の背に生暖かい体温がが感じられる。
「ーーーーッ!?」
「あぶねぇぞ? 外は敵だらけだ」
「お、お前の故郷と日本はちげぇよ!」
「いいや、同じだ」
重く、重く、彼の言葉が私の身動きを封じる。震えたくもないのに、何故か身体がガタガタと震える。悲鳴や罵倒を口にしたいのに声が出ない。ただ、頬を冷たい液体が伝った。
「どこもかしこも、皆自分の欲望だけで動いてやがる。まぁ、それは仕方ねぇな。人間なんだから……だがな、人間だろうとお前を傷つけるものは許さねぇ。お前は、ただ笑ってればいい」
笑えない、笑えるわけがない。
私を羽尾い締めするアルベルト先生の顔を見るのが怖くて怖くて、冷たいドアに体重を任せていた。そうしたら、ポツリポツリと、彼の独り言が始まる。
「お前を傷つける奴は許さない、お前を悲しませる奴も許さない、お前を怖がらせる奴も許さない。全部全部全部、俺が殺してやる。大丈夫だ、心配するな。俺はそーゆー仕事は大の得意だ。お前が心配するようなことは起こらねぇ。だからこっちを見ろ。俺に頼れ、俺だけに笑顔を向けろ」
顎を捕まれて、無理矢理アルベルト先生の顔に向けられた。唾を吐き捨てるには、綺麗過ぎる顔。それ以前に、彼がどうしようもなく怖かった。私が、……私が、キレられない。
殺される。
「分かったか」
イエスしか許さない雰囲気。しかも、今お腹に何か当てられた。そろそろと下を見てみると、黒いソレが当てられている。もはや脅迫じゃねーか。
死にたくないので、静かに縦に頷いた。それが地獄の始まりだと、この時に首を横に振って死ねば良かったと後悔するのは……。
まだ、先の話。
俺が、護りたいだけ
「唯、大丈夫だ。だから泣くな。俺がついてる」
そう甘く囁くくせに、私はもう空を拝めやしない。笑えない。
ただ、壊れていくだけ。
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