彼は、色鮮やかな人だ。
日の光に照らされた黄金の髪は、夕日に照らされた麦畑を映した様だった。
さらに、どこまでも広く、深く続いている海の様に、いや、青空の様な瞳をキラキラと輝かせる彼。
自然の自由を象徴した様な男性でした。
「欲しいものか? ううん、そうだなぁ。美味しいご飯をたくさん食べたい。それと、もっと大きなキャンバスが欲しい。そしてたくさんの色を重ねて、もっともっとたくさんの絵を書きたいんだ!」
彼はとても無邪気な人だった。子どもが体だけ成長したといっても過言ではないだろう。
そして、とても欲張りであれもこれもと手を出してしまう。私も、その女の一人だ。
彼にとってみれば、机に広がったクッキーを一枚手にとって口にした程度。けれど、クッキーにしては初めて食べられた相手だ。食べた本人に執着は無くとも、クッキーにしてみれば、永遠に唯一の人になる。
だから、私は彼が私に執着しないことを分かってながら、諦めながらも、彼が求めれば甘いお菓子を与えてしまう馬鹿な女になるんだ。
そんな欲張りな彼は、浅くも確り構造され作られた木の椅子に腰掛け、人一人丸まれば収まる程のキャンバスに色を塗っていた。
嬉しいことに私を描いてくれたらしい。けれど、彼があれもこれもと欲張って色を重ねた結果、少しだけ赤っぽい黒に染まった私がキャンバスに映し出されていた。
「……ジオ様。貴殿にはわたくしはその様に見えますか?」
「ううん。違うんだ……君はもっと、赤い気がする。もっと赤が欲しいな」
そう呟きながら、彼は赤の絵の具を親指で押し潰してパレードに赤を吐き出した。
彼が絵の具をよく新しくする理由は、きっと、ああでもない、こうでもない、と絵の具をたくさん使ってしまうからだろう。
私が着ている服は、紫が多いというのに。
ジオ様は、愛を欲しているだけで、私を見てくれない。
「ジオ様には、わたくしが赤色に見えますか?」
少しだけ、期待と不満を込めてそう訊ねれば、ジオ様はこちらに振り向き、青空の瞳を隠し満面の笑みを浮かべて答えた。
「ああ! 君は欲張りな女性だからな。君の中の情熱を表してみたんだ。どうだ?」
そう答えられ、私は改めてキャンバスに目を移す。
そこには、赤や青、黄色に緑と様々な色で黒く染まった私がいた。
ああ、そうか。彼は私をちゃんと見ていてくれたんだ。
彼を思う愛情、哀情、欲情……思い重なり黒く淀んだこの感情を感じ取ってくれていた。
それが、初めて彼と向き合えた様で、私は高鳴る心臓を抑えられず頬を緩めた。
そんな私を、ジオ様はぼんやり見上げる。そして、小さく呟いた。
「……いいなぁ、君は」
「えっ……」
ジオ様はそう言って、私の肩を掴み、地面に押し倒す。木の床な上、受け身が取れなかったので、体が痛い。それに、絵の具が地面に散らばっていたから、私が着ていた紫のドレスに歪な模様の色彩が散りばめられた。
そんな私に覆いかさばるジオ様。
見上げたせいか、光に反射していた瞳が陰りを帯びた気がした。
世界は、黒に染まっていた。
キラキラ光る星空は、窓から見上げることも出来ない程に雲で包まれている。
光も差し込まない古びたアトリエで、彼は左手で口を拭いキャンバスを見上げた。
何かを不満に思っているのか、口を結んだ彼がキャンバスを静かに睨み付ける。
地面をまさぐり、お目当ての絵の具を探しあてるも、その絵の具は押し潰されている。
「足りない」
ポツリと呟いた彼の視界に入った何かは、彼の欲望を埋めるかもしれない道具だった。彼はそれを手にとり、キャンバスに叩きつける様に彼女の絵を赤で塗りつぶす。
ぬめりがあったソレは、力強い彼の手の中からするりと抜け落ち、べちゃりと音を立てて地面におちた。
「……違う」
彼はまた呟き、別の絵の具を捻り潰し描き続ける。
そうして、彼女自身となった絵画は完成することがなかった。
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