カゲプロ | ナノ




微妙に女装っぽいけど、全く触れてません



 僕はあいつのことが嫌いだった。
 ボサボサの黒髪に、草臥れた赤いジャージ、目元には真っ黒な隈が出来ていて、外を歩く時は野暮な靴下を履いて歩く。体力がなく、すぐに根を上げて、身体に悪そうな砂糖が多分に含まれた炭酸飲料を欲しがる。
 丸っ切りダメな奴というわけではなく、頭はよく切れる。けれど、それだけだ。他人の顔を見て淀みなく話せないし、気遣いだって下手くそだ。言葉選びも悪いし、すぐに人の顔色を伺おうとする。大人にへこへこと頭を下げて格好悪いし、不良を見ては顔を真っ青にして膝を震わせる。不甲斐ないにも程がある。
 今だって、シンタローくんは不恰好に上がった口角を引き攣らせながら裏返った声で「ぼ、ぼうりょく、はは、んたい……へへへいわてき、解決をしまひょ……」なんて蚊の鳴くような声で話している。
 正面にはスキンヘッドやらドレッドヘアの男たちが総勢六人、悪い人相で僕たちのことを睨んでいた。いや、正確には僕を睨んでいるのだろう。彼らはとても心の狭い人間だ。人が憂さ晴らしに少し女の子のふりをしてからかってやるとすぐに逆上してみせた。本当はすぐに逃げるつもりだったのだが、どこからともなく現れたシンタローくんに腕を掴まれ、逃げることができなくなってしまった。鈍臭いヘタレのシンタローくん一人が加わったところで何の助けにもならないどころか、正直足手まとい以外の何者でもない。
 本当に間が悪くて、格好悪い。シンタローくんはヒーローにでもなったつもりなのだろうが、彼では到底僕を助けることなんて不可能だろう。
 男たちは見るからに弱そうなシンタローくんを見てニヤニヤと馬鹿にするように笑っている。
「兄ちゃんよ、女の子を助けるヒーローになったつもりかもしれなねぇけどさ、そいつは女の子の格好したただの変態野郎だぜ」
「そーそー、助けるだけ無駄だっての」
「むしろ、痛めつけられて気持ちよーくなっちゃうド変態かもしれねーよ?」

「お前たちには関係ないだろ」

 男たちの嘲笑を遮るように強い声が通る。掴まれた腕にぎゅっと力が込められた。
「こいつが何を思ってるのかなんて俺は知らない。でも、嫌がってることなんて顔を見ればすぐに分かるんだよ」
 語尾が掠れたように震える。思わずシンタローくんの顔を見た。顔が真っ青で、唇を強く噛み締めている。よく見ると歯がカチカチと震えているのがわかった。
 シンタローくんは男たちを前に情けなくも震えているのだ。けれど、僕のために言葉を吐き出してくれている。シンタローくんはいつだって格好悪い。今だって格好良くない。格好良くないのに、胸が締め付けられるように痛んだ。
 僕はシンタローくんが嫌いだ。それでも、シンタローくんが傷付くのは見たくないと思う。弱い彼だからこそ、傷ついてほしくないと思ってしまうのだ。
 男たちがシンタローくんに掴みかかる前に腕を掴んでいたシンタローくんの手に手を重ね、強く引いた。逃げることはたやすい。何せ路地裏から飛び出して少し曲がってしまえば人通りの多い道に出てしまうのだ。シンタローくんは唖然としながらも確かに着いてきてくれた。男たちが追いかけてきている気配はすぐになくなった。
 人目のある公園に着いてから繋いでいた手を離した。シンタローくんはたった10分ほど走っただけだというのに息も絶え絶えで、やはり格好悪い。
 なんで、と口から出そうになった。どうして、なんて野暮なことを言って、彼の陳腐な言葉を聞いてしまうのは癪だった。シンタローくんは公園の自販機でいつもの甘い炭酸飲料を買っている。砂糖を砂糖水で溶かしたような気持ち悪い黒い液体が彼の喉から胃へと流れていく。彼は炭酸飲料から口を離すと、ようやく僕の方を見た。
「迷子にでもなったみたいな顔だな」
「なにそれ」
「すげー困った顔してる。自分でもわからない?」
 そんなわけない。両手を頬に添えて表情を確認するが、触るだけではわからない。シンタローくんは喉奥で笑いながら、僕の眉間を突いた。
「ここだよ。お前、ここに表情が出るのな」
 得意な笑みにむっとすると、シンタローくんは更に可笑しそうにほら、と笑った。
「ちゃんとガキみたいな顔できんじゃねーか」
「おじさんみたいなこと言わないでよ」
 シンタローくんの手を振り払うとシンタローくんは今のヒビヤに似てる、とかなんとかツボに入ったらしい笑い声を上げている。シンタローくんのくせに、初対面相手にはヘタレなくせに、気を許すと遠慮がなくなる。セトとは大違いだ。
 悪い悪い、と思ってもいない謝罪をしながらシンタローくんは黒々とした炭酸飲料を僕に渡してきた。
「喉乾いたろ、飲んでいいぞ」
 僕ははっきりと顔に嫌だと書いてやったと思う。シンタローくんは困ったようにさっぱりして美味いぞ、なんて子供に言い聞かせるみたいに僕を説得しようとする。でも、その顔がどことなく嬉しそうで癪にさわる。シンタローくんは僕を苛立たせる天才だろうか。
「お前さ、そうやってもっと顔に出せよ」
「は?」
 脈絡もなく何を言っているのだろう。シンタローくんは優しい顔で僕の髪に触れた。髪を撫でるみたいに手のひらで頭の形をなぞられる。くしゃ、と髪の毛が混ぜられた。
 上から頭を触られるのは嫌だ。怖いのを思い出す。優しいのを思い出す。痛くて辛くて、それでも触れてもらえるのが嬉しくて、縋らずにはいられなかった人たちとの思い出を思い出してしまう。
「お前が思ってること、感じてること、怖がらなくていい、少しずつでもいいから俺にも見せてくれよ。ちゃんと受け取るからさ」
 この時、僕はどんな表情を浮かべていたのだろう。わからない。自分でも処理できない感情の荒波が押し寄せてきて、心が痛くて、胸が苦しくて、でも温かくて、悔しかった。僕は表情を取り繕わなかった。
 見っともない僕をシンタローくんに見せた。シンタローくんは嬉しそうに笑った。きっと性格が悪いのだ。こんな僕を見て嬉しいだなんて信じられない。こんな僕をシンタローくんに見せてしまった自分がもっと信じられない。
 嫌じゃなかった。決して嫌でなかったのだ。それが無性に悔しくて、シンタローくんに負けたような気がして、悔し涙が出そうになったのだ。僕はそれをぐっと堪えて、手に持っていた炭酸飲料を一気に呷った。
 僕はシンタローくんが嫌い。
 言い聞かせるように、手で耳をふさぐように僕は心の中で呟いた。



見直ししてないので、ガッタガタであろう文章
多分、そのうち修正します。



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