カゲプロ | ナノ



 街を歩いてると女の子に会った。
 迷子の女の子で親を探して泣いているようだったので手を引いて交番まで一緒に歩いた。交番に着いても不安で僕の手を離せなかった女の子に、僕はお巡りさんに頭を下げながら親がくるまで同席した。
 結局二時間くらい一緒にいただろうか。迎えに来た母親に頭を下げられ、ありがとう、と手を振る女の子にどういたしましてと笑顔を振り撒く。
 保護者に手を引かれながら何度も振り返る女の子に何度も手を振って。お巡りさんはお疲れ様と僕に珈琲を出してくれた。
 それを丁重に断っていると、やがてバイト帰りのセトが交番の前を通って僕を見つけると駆け寄った。それからお巡りさんに頭を下げながら、まるで先ほどの保護者のようにお巡りさんに、まるで僕が迷惑をかけたような口振りで話すのだ。
 僕は苛立たしさを感じながらセトの手を引く。お巡りさんは声もなくぷるぷると震えていて、僕はより一層憤りを感じた。
 お巡りさんに頭を下げて交番を出るとセトは慌てて追ってくる。知らない。知らないってば。
「カノ、本当にごめん! まさかカノがとは思ってたんスけど、」
「万が一? 万が一、僕が交番連れていかれるようなことをすると思ったわけ?」
 後ろを追いかけ、必死に取り繕うセトにぴしゃりと言ってやる。セトはぐっと言葉を詰まらせ、困ったように視線を泳がせた。
「心配したって言ったら信じるッスか?」
「さぁ?」
 僕は迷える女の子を助けただけだというのに、セトの仕打ちといったら。
 僕は怒っているのだ。セトなんて知らない。ぷい、と顔を逸らしてやると遂にセトが根を上げるのが聞こえた。
 申し訳なさに苦しみやがれ。




雪なんか早く溶けてしまえばいいのに。

足首を埋める程度に降り積もった雪を見つめ毒づいた。


『ちょっと帰り、遅れるかもしれないッス。』

そんなセトのメールが届いたのは雪が降り始め、三十分が過ぎた頃だったか。早くも地面に白い粉を残し始めていた雪は確かに先程よりもずっと粒が大きくなっていて、この調子で降り続けたら積もるだろう、と年末に卸したばかりの炬燵に足を伸ばした。

「セト、遅くなるかもって」
「そうか、まあこの天気じゃ仕方ないだろ」

長方形の炬燵の短い場所を陣取っているキドが言った。ちなみに向かって右側にマリーとキサラギちゃん、キドの正面に僕で、コノハとヒビヤくんが長い部分。最後にシンタローくんは朝からずっと布団の中だ。
シンタローくん曰く、寒い日に布団から出るのは凍死の本当の怖さを知らない馬鹿らしいので、現実の冬の寒さを知らないシンタローくんの為、部屋のエアコンを九度にして放置してある。

「あ、今日の夕飯とかどうします?」

キドの横に置いてある箱から蜜柑を取り出し、二つに割った蜜柑に皮ごと醤油をかけ食べるという美食家現る! あまりに神々しくて僕には真似できそうにはないので成るべくノータッチで話を進めよう。そしてコノハは真似すんな!

「白菜と葱と乾パンと人参ならあるぞ」
「お肉は?」
「昨日、セトが夜食に焼いていたのが最後だ、というより今日の夕飯だった」

バイトをしているセトの夕飯が遅れるのは珍しいことではない。そして多く食べてしまうのも仕方のないことだろう。
ただ問題があるとすれば夜中にふと起き上がって次の日の食材に手をつけることだ。これはまるっきりに不定期で突発的、しかも皆が寝静まった頃なので回避不可能という厄介なもの。
まさか、雪の日にメインディッシュを食べられるとは思わなかったけど。

「またですか」
「セトに買わせてやりたいところだが、それだとかなり遅くなる」

「というわけで、カノとシンタローで何か買ってこい」


続かない。




神様、ねぇ神様。
君がもし本当に居るのなら、どうか僕の想いを何処か遠くに連れて行っておくれ。


くしゃり、と手の中の安い藁半紙を丸めた。
下らないそれをゴミ箱へと投げ入れ、ベッドに倒れ込む。固く安いベッドは僕の体を受け止めようという気はないらしく、打ち付けた部位が痛む。だけど少し痛むくらいがちょうどいい。

「……失恋だ」

初めての失恋だった。
幼い頃からずっと想い続けてきた幼なじみが見せた顔は間違いなく、僕の知らないものだった。目を伏せ、照れくさそうに、だけど嬉しそうに笑う姿を見て、胸が張り裂けそうなくらい苦しくなって、絶対的な敗北感に打ちのめされた。

「僕、ちゃんと笑えたかな」

あの笑顔を見た途端、頭が真っ白になって気が付いたら部屋に戻ってきていた。
どうやって部屋に戻ってきたのか、正直全然記憶にない。変に心配かけてなきゃいいけど、なんて考えて途中でやめた。どうせ今は新しい恋とやらに忙しいのだろう。

「……あーぁ、」

ホント、好きだったのになぁ……。こんなことなら、もっと早く、僕が気づいてしまう前に伝えてしまえば良かった。
だって、君のあんな顔を見てしまったら僕はもう君を困らせたくない。

「それでも、好きだって一回でいいから言ってみたかったなぁ」



夕方の帰りの音楽が学校から流れてくるのをカノは聞いていた。

たまたま近くを通りかかった時、子供達がもうすぐだと走っていったからついでに聞いておこう、などと変な気紛れを起こしてしまったのだ。
人の少ない茜色に染まった校舎から流れてくるのメロディーは確かに物寂しいものなのかもしれない。しかしながら、カノには学校という一つの場所としての確定的なイメージが存在しない。
昼間に賑やかな校舎を見ても子供が沢山いるのだから当たり前くらいにしか思えないし、中でどんな愉快なことが起こっているのかも知らない。知ろうと思うにはカノは些か育ちすぎていた。だからこうやって終わった学校を眺めているのも実際は自身の想像の中に存在する中身を持たない学校を重ね、空虚を重ねているだけなのかもしれない。

「……、」

じゃり、と一歩前に進みながらカノは校門に手をかけた。今ならまだ校舎内に先生が残っているだろう。
目を赤く欺きながらカノは昇降口に立っていた先生に気さくな笑みを浮かべながら手を振った。

「お久し振りです、先生」

先生は一瞬、首を傾げたが次にはあぁ!という風に声をかけてくる。

「久し振りじゃないか!」

肩を叩きながら気安く声をかけてくる先生を僕は知らない。ただ彼の目に僕は“数年前に卒業していった生徒”として映っているはずだ。

「ご無沙汰してます。先生の方も御変わりないようで安心しました。ところで、此処まで来て帰るのも何ですし、校舎の方を少し見て回っても?」
「あぁ、いいぞ」

いいのかよ、なんて決して口には出さずにカノは「ありがとうございます」と頭を下げながら校舎へと足を運んだ。



もしかしたら発表したのも混ざってたかもしれませんが、そこは多目に……←
こうしてみると書いた順番がまるわかりですね。最初の方はわりと書き方とか無頓着だったので(笑)




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