カゲプロ | ナノ


セトカノ+他詰め

セトカノ

ティーカップに注がれているのが紅茶であることのように、セトもまたさも当然とばかりに僕の隣に座った。
出会ったばかりの頃はまだ僕よりも背が低く小柄だったこの男も十代に差し掛かろうというときに押し寄せてきた成長期の波に乗っかり、今では僕を見下ろすような位置に落ち着いている。僕はというと仲間内では一番最初に成長期が訪れたにも関わらず、百六十に毛が生えたくらいの頃に低速し、現在では一番小柄だった女の子のキドにすら追い抜かれていた。
元気にもうすぐ百八十になりそうだと告げてくるセトが隣に座ると僕は嫌でもセトを見上げなければならない。本人は気付いてないだろうが、僕は案外セトを見上げるのが嫌いだったりする。
理由はまあ、嫉妬のようなものだろう。僕の後ろに隠れるようにして過ごしていたセトが今では逆に前を歩こうとしている、僕は未だにその事実を受け入れきれないでいる。施設であの人と過ごした蜜月のような日々が遠い過去のように風化していくのが僕には堪らなく寂しかった。
それをセトに悟らせないように、思い浮かべてしまわぬように僕はセトと視線が会わないように雑誌を見つめる。上から僕の顔が見えないだろうことを思い、安心するのは少しだけ狡いことのように思えた。
ティーカップを持ち上げ口に運ぶと残念なくらい香りが強く苦い味が口内に広がる。
マリーの淹れた紅茶には遠く及ばない、インスタントも涙目の出来だ。
無言でカップをテーブルに戻し、残りをどう片付けてやろうかと頭を悩ませる。普通に不味い。こんな紅茶を一杯飲むくらいならまだ水を飲んだ方が健康的なのではと思うくらいには。

「セト、喉渇かない?」

嗚呼、僕は酷い奴だ。
カップを横にずらすとセトは何の疑いもなしに紅茶に口をつけた。


セト(→←)カノ
若干シンカノ

「あ、ちょっと回さないでよ」
「だめ、今からドラマなの!」

夕食後、ソファーでテレビを観ていたカノが声をあげる。
マリーがリモコンを押したのだ。時計を見れば九時少し前。曜日を思い出してみればマリーが毎週楽しみに観ていたドラマの時間だ。
不満げに頬を膨らませるカノは「ドラマなんて大概焼き回しじゃん」と屁理屈を捏ねる。対し、マリーもカノの物言いに気分を害したのか、ぶすっとした顔で「バラエティーだって寒いだけ」と返した。
これは喧嘩になりそうだ、とセトはソファーから腰を上げキドに目配せをした。キドは黙って頷く。唇が微かに動き、『カノを頼む』と音もなく告げられる。
深呼吸をし、カノの方に移動すると気がついたカノが此方に視線を向けた。

「セト?」
「……カノ、散歩しないッスか?」
「やだ、」

間に髪を容れず、取り付く島すらない。完全に構わないでモードになってしまったカノを横目にマリーの方を見ると、キドがマリーの気をドラマと紅茶で引いていた。何だろう、凄く面倒臭い方を回されたような気がしないでもない。
はぁ、と息を吐き出すとカノが怪訝そうな顔で見てくる。

「シンタローさんがいたら、もうちょっと楽なんスけどねぇ」
「……それ、どういう意味?」

低めの、苛立ったようなトーンで返される。どうやら馬鹿にされた、と取ったらしい。
馬鹿にするも何も心当たりがあるならそれを理由に遠慮してほしいものだと呆れながらに思う。

「そのまんまの意味ッス。あの人がいるとカノは背伸びしたがるんで」
「……――っ!」

背伸び、といった途端、サッとカノの頬に朱が走り、カノは口をはくはくと動かしながら睨んできた。
図星なのだろう。知っていたが。本当にシンタローさんがいたら楽だった、カノがシンタローさんを弄ることに夢中になってくれるのと、喧嘩なんて大人気のない、余裕のない姿をカノがシンタローさん相手に晒すとも思えなかったというのもある。
耳まで赤く染めながら恥ずかしそうに俯くカノ。先ほどまでの威勢は何処へやら。シンタローさんの名前はそれほどまでに絶大なのだ。

「ほら、カノ。何時までも拗ねてたんじゃシンタローさんに身長だけじゃなく中身まで子供っぽいって馬鹿にされちゃうッスよ?」
「身長は余計なお世話だ!!」

笑いながら揶揄してやるとカノは怒鳴りながら噛みついてくる。
そんなカノを宥めながらもう一度散歩に出掛けよう、と誘うと今度は渋々ではあるが頷いてくれた。

「もう、馬鹿なこと言わないでよ」

と、呟きながら。
馬鹿なのはどっちなんだか。

「外に出て、ほっぺ冷やさないとッスねぇ」

そういうとカノは無言で足を踏んだ。

外に出ると肌に触れる空気は幾分か鋭いものとなる。それと伴に鼻腔を燻るのは麗らかな春の生温い風の香り。春に近づいていき、段々とではあるが暖かくなりつつある空気に身を委ねながらカノを振り返ると、体温が低く厚着が嫌いなカノは少しだけ寒そうに身を震わせた。
上着を着るように促せば良かった、ともう十分過ぎるほどに冷えてしまっているだろう姿を見て後悔する。カノは寒そうに手を擦り合わせながら不機嫌そうに斜め後ろを歩く。
ぴたり、と足を止めるがカノは全く意に介さず、すたすたと歩いていってしまう。慌ててそれを追い、隣に並ぶとカノの旋毛が見え、くすりと笑った。昔は見えなかったのに、こんなにも成長していたのか。
腕を絡ませるとカノは驚いたように顔を上げる。なに、と問いたげな瞳に微笑みかけると瞳には益々困惑が広がった。

「何でもないッスよ」

そう呟き、赤く染まったカノの鼻の頭を見つめ、ふっと頬を緩めた。



ヒビカノ?

+十三(シンタローが三十路過ぎたくらい)

ヒビヤ「あ、おじさん。ちょうどいいところに、今日さコノハ夕飯いらないって」
カノ「え? なに、よく聞き取れなかった。もう一回言ってくれない?」
ヒビヤ「おじさん、耳まで遠くなったわけ? コノハ夕飯いらないって」
カノ「いや、その前」
ヒビヤ「ちょうどいいところに?」
カノ「その少し前」
ヒビヤ「あ! おじさん、もう年齢の話とかタブーな感じ?」
カノ「よーし! ヒビヤくんも今日は夕飯いらないみたいだね!」
ヒビヤ「えっちょっと、なにその育ち盛りに酷な仕打ち!」
カノ「別に一日ちょっと食わないくらいじゃ変わらないよ。ヒビヤくんの雀の涙程度の成長期じゃ、ねぇ?」
ヒビヤ「雀の涙程度の成長期だったのはアンタだろう!!」


ヒビヤくんは絶対伸びそうだけど、逆にカノはもう最終形態だろって話。


鹿野さんとカノさんの話。
朝、部屋を出るときにはもう外向きの顔にしてるカノの話です。

朝、鹿野修哉が目覚めてまず最初に確認するものは時計だ。
今が何時なのかが知りたいのではない。枕元に置かれた古い型のデジタル時計は正確な秒数と共に鹿野に今日の日付を教える。本当に新しいものだと日付以上のことを教えてくれたりもするらしいが、鹿野にとってこれ以上の機能が搭載されるのは経済的に美味しくない上、携帯で十分だとすら思える。
二度寝したい欲求を堪えながら鹿野は時計を手に取り、日付を確認した。昨日から一日経ってない。当たり前のことだが、酷く安心する。
昨日はあまり休めなかったし、能力を酷使した。もしかしたら起きられないかとも思ったがそんなことはなかったようだ。
ほう、と息を吐き、鹿野はもそりとベッドから足をおろした。カーペットの敷かれていない剥き出しのフローリングが足の裏に触れ、ひんやりと熱を奪う。
寝起きの火照った体にはちょうど良い。そのまま床に寝転がりたい欲求を押さえつけ、鹿野はゆっくりと立ち上がった。
生地の薄い黒のスラックスにタンクトップという寒々しそうな服を次々と脱ぎ捨て、下に一枚だけの姿になると鹿野は鏡の方へと向かう。小さな、子供一人を映す程度の鏡の前に立ち、鹿野は自身の跳ね上がった短い前髪を弄る。相変わらず寝癖が酷い。
そして目元にくっきりと隈の残る愛想と目付きの悪い顔。骨の浮いている不健康で不恰好な姿。何時見ても不愉快以外の何者でもない自身の姿に鹿野は目を逸らし、鏡の傍の畳まれた衣類に手を伸ばす。
惨めだとすら思う。こんな欠食児のような姿で、同情すらも湧かない、死骸のような自分が。
愛してくれてありがとう、どうして僕なんかになんて下手なことは言わないよ。僕は愛されたかった。
それがどんな形でも良かった筈なのに、予想以上に心地好かったから僕はますます手放せなくなる。
セトは能力を嫌うけれど、逆かな。僕は能力がなかったら生きていけない。
ティーシャツに袖を通しながら鹿野はベッドの近くに落ちている筈のにベルトを探す。穴が余分に何個も錐で空けられたそれはベルトというには無惨なもので、察しの悪い者だろうと一発でそれが何かに気が付くことだろう。
普通にベルトを買ったとしても、錐がなかったら使えない気持ち、セトは知らないんだろうなぁ。
手櫛で寝癖を押さえつけながら鹿野はデジタル時計を再度確認した。時間的にセトはもういないだろう。キドはどうだろう。
何時ものパーカーを羽織ながら鹿野は目を閉じた。
それからゆっくりと目を開き、鏡を除き込む。そこにはもう先ほどまでの欠食児のような体型ではない、健康体といっても過言ではない適度に肉のついた体が映っていた。
上出来上出来、と繰返しながらカノは伸びをする。

「さて、今日も今日とて道化師宜しく欺くとしますか」

今日はきっと良い日になるはずだ。



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外向きの顔は仲間にも適用されてたりして。
やっぱりキドたちにも素顔を見られたくないのって、だって朝から僕なんか見ちゃったら凄く可哀想じゃない?とか無駄なことを考えてたり。
心を許したからこそ、見せられないものがあって、カノにとってその見せられないものの中に自分が入ってるんだろうなぁ……。大切にしたいから汚しちゃいけないという意識が働く。不気味なもの、気味の悪いもの、汚いもの、決して自分が綺麗じゃないことを知ってるから汚いことも知ってる。それを見せたくないと思うのもまたカノの愛情。寂しいことなんだけど、それがカノにとっては正しいことで、周りがなんて言っても直せないことなんだと思う。
よくある一種の病気の話なんかで自分で決めたルールを簡単に破ることはできないってあるんですが、その通りなんですよね。要らないなって思うと意識とかとは関係なく遮断されちゃうんです。
カノにとって欺くことは当たり前で、当たり前のことだから止められないし罪悪感もない。仮に息をするなと言われても出来るわけがないし、息をすることを悪いことだと思う人はいないのと同じです。
カノには罪悪感を抱かないのと同じレベルで、欺かないという選択肢が存在しません。
小さなことからこつこつと、素で笑わせていくホモが読みたいです。





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