カゲプロ | ナノ




『あ、シンタローくん、ちょうどいいところに。少しさ、話があるんだけどいいかい?』

もう少しで世間でいう四月一日、この日が何て言うのかくらいは知ってるね。まあうちもエイプリルフールやるんだけど、ちょっと特殊でね。先にシンタローくんに話しておこうと思って。
うちのエイプリルフールはね、毎年エイプリルフールの終わりにくじ引きで次の年の幹事を決めてランダムに日付を選ぶんだ。
勿論、他の団員は幹事もエイプリルフールの日付も知らないから、そりゃ毎年見物だよ。でも、いきなりエイプリルフールを決行するのは横暴だし、なあなあで誤魔化して何回もエイプリルフールが来るかもしれない。
そこでうちのエイプリルフールには共謀者っていう制度があって毎年一人、幹事がパートナーを選んでその年のエイプリルフールの終わりにネタバラしをすることになってる。ついでにその時、くじで来年の幹事も決めちゃうんだ。
んで、なんで僕がこんなことをシンタローくんに伝えているのかと言えば、つまり今年の幹事は僕なんだよね。でも、シンタローくんはメカクシ団に入ったばっかだし、最初は可哀想ってことで共謀者をお願いしたい。あ、キサラギちゃん達は口が軽そうだしリアクションが楽しみだから勿論内緒だよ?
ちなみに今年のエイプリルフールは大穴の四月一日の予定なんだけど、引き受けてくれるかな?
うん、ありがとう。シンタローくんならそう言ってくれると信じてたよ。
じゃあ当日の予定は追ってメールで伝えるから、このことはくれぐれも他の団員には秘密でね。


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カノにエイプリルフールの相談を持ち掛けられてから数日。この話自体が嘘なのではないかと疑わなくもなかったが、カノがまさかこんなイベントにかこつけキドをからかわないわけがないので嘘ではないのだろう。
カノから後々入った連絡によると当日はカノがメカクシ団に新メンバーを迎えるというドッキリらしい。その新メンバー役に当たるのが俺で、本気の女装で挑む予定だ。
体格的に考えたらカノの方が自然なのだが、役回りとしてはカノが紹介した方が確かなので仕方がない。女装するほどのことでもないと思うのだがカノが譲らなかった。俺としても何時も人を童貞などと小馬鹿にしている奴等に一泡吹かせてやりたいので女装くらい何てことない。多少のプライドなどエネが来た日からないに等しいのだ。今さら捨てるものなど何もない。
当日になって女装をした俺を俺とは知らずに新人として散々敬った挙げ句にネタばらしをされ、驚く彼奴らの顔がありありと浮かぶ。
俺はベッドの下に置かれた白々しいまでにアルファベットが並べられた紙袋を一瞥し、にやりと口角を上げた。


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「えー、と……ここまでがエイプリルフールです」

カノは共有スペースのソファーを陣取り、にっこりと笑う。
ソファーを取り囲むようにして座っていたメンバーがカノの発言に呆れたようにため息をつく。だがそれは決してカノの話を否定しているわけではない。カノもそれが分かっているのか特に気にした様子もなく、エイプリルフールをエイプリルフールにやらないだなんて、それこそエイプリルフールだよね、と訳の分からないことを呟いた。
フライングもいいところだ、と思わないでもなかったが仕込み的な意味では正しいのだろう。言いたいことは山ほどあるが口に出すのも馬鹿馬鹿しく思え、誰も彼もがカノを咎めない。
メカクシ団は元よりイベント好きの傾向があるので咎めるわけがない、とカノは特に誰からの反応を待たずしてくるりと玄関の方に体を向けると、新人さんを迎えに言ってくるね、と呟きアジトを後にした。


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春、四月に入ってしまうと少しくらい肌寒くても冬という単語とはなかなか結び付かないものだ。それでも流石に寒い、とシンタローは膝下十五センチのスカートを揺らしながら慣れない七センチのヒールを地面に擦って歩く。
腰の辺りまで流された黒いウィッグと色の薄いカーディガン、膝下丈の柔らかいスカートから察するにカノは森ガールだか文学少女だかは知らないが、そっち系を狙っていることが分かる。ずるずると踵を磨り減らすように歩いていると前方を歩いていたカノが少しだけ不快そうな顔で「もうちょっと品のある歩き方してくれないかなぁ」と言ってくる。

「このヒール重いんだよ、歩きにくいし」

足が上手く上がらないし疲れる、と続けるとカノは溜め息を吐きながら歩くペースを落とした。一応気を使ってくれているらしい。普段ならば笑いながら茶化しそうなところだが、カノはそんな気分ではないようで一歩前を歩くというスタイルで上手いことリードしてくれる。
何だか愛想がないような気がする。何時ものはどんなに黙っていようと決して笑顔を絶やさないカノ、そんなカノの真顔は珍しいのだと以前セトが言っていたのを思い出す。まさかこのタイミングで真顔とは、何やら思い詰めた表情でカノはわざと歩調を押さえるような仕草で足を進める。
少し急いでいるのかもしれない。気が競っているのだと思うと慣れないヒールが無性に恨めしく感じ、ザッと擦りたくなる踵を抑えながら歩いた。


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「ただいまー、新入りさん連れてきたよー!」

玄関を開けるとカノは先ほどまでの真顔を引っ込め、渾身の笑顔でそう言った。
奥からキドが良く来たな、と愛想のない顔で言う。初対面ならばその迫力に圧倒されただろうが、虚勢だと知っているので何てことはない。俺は出来るだけボロが出ないよう最低限の動きでぺこりと頭を下げる。
キドは少し考えるように顎に手を当てていたがやがて中に入れ、と言った。

中に入ると間が悪いことにメンバーが全員集合していて、何も知らされていないのか驚いたように目を見開く。その全員の中に妹も含まれていて焦ったが彼奴は馬鹿なので大丈夫だろう。
だがそんな俺の余裕も一瞬で打ち砕かれることとなる。がたん、と勢いよくソファーから立ち上がり、此方を凝視する男がいたからだ。

「……っ、し、ししっ新入りさんッスよね!?」

赤い、真っ赤に頬を染めたセトがにじりよってくる。そして目の前に来るとがっしりと両手を握ってこう言った。

「俺が教育係のセトです! お付き合いを前提に俺とっ……!」

俺と、の続きを言わせてもらえずセトは呆気なく崩れ落ちた。セトの横を見るとキドが呆れたように握り拳で立っている。つまり、そういうことだ。カノが後ろでけらけらと笑う。

「教育係とか決めてないし、セトはバイトだから無理でしょ」

違う、そこじゃないだろ。なんて言えるわけもなく、始まったばかりのエイプリルフールに一人肩を落とすのだった。



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オチは特にないですが、カノシンみたいなノリのシンカノ書けて良かったです。シンカノです。セトシンっぽいのも混ざってますが、気持ちはシンカノです。




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