カゲプロ | ナノ




「セトの誕生日かぁ」

そう呟いてカノはベッドに寝そべった。
先刻、マリーとキドがキサラギちゃんを交えてセトの誕生日について話していたのを小耳に挟み、ようやくその存在を思い出した程度のことだったのだが思い出したからには何か用意する必要があるだろう。昨年は確か誕生日の前日になってキドが教えてくれて、急いで新しいスポーツタオルを用意した。予想以上に嬉しがってくれていたのは記憶に新しいが、特にそれ以上といった思い入れがあるわけではない。というより、第一としてカノはあまり誕生日などといった記念日系のイベントが苦手という嫌いがあった。
記念日は依存だ。どんなカップルもそんな依存が破局を招く。その典型が記念日系のイベントであり、また誕生日という親から与えられた日を素直に享受するには愛が足りなかった。
キドは割り切って祝うが、カノにはそれがどうしても出来なかった。セトが生まれてくれたのは単純に嬉しい。けれど、やはり捨てられた身として生まれた日を祝うというのはあまりに皮肉なものではないだろうか。
考えすぎだ、と頭の中で繰り返す。純粋にセトにおめでとう、と伝えるだけでいい。
毎年のように忘れてしまうこの日を、今年は何日も前に思い出すことができたのだ。今年はその分、ゆっくりとプレゼントを吟味できるではないか。喜ばしい。昨年のように急いで買って渡すなんて愚かなことをしないで済んだんだ。

違う、そうじゃない。

仰向けに、天井を見上げるようにカノは寝返りを打ち、前髪をくしゃりと掻き上げた。
祝いたくない。毎年過ぎ去るこの日が時までを一緒に連れ去ってしまうようだ。戻れなくなっていく。戻れなくなっている。
この幸せな日々が過ぎ去ってしまうのを示す儀式を何故率先して行わなければならない。何故刻み付け、喜ばねばならない。
怖い、怖いんだ。幸せじゃなくなるのが、あの空虚に戻ってしまうのが。辛い。幸せに触れてしまったこの身体が冷たさを甘受することはもうないだろう。知ってしまった温もりを消すことなど出来やしないのだ。
もう何も知らない、嘘つきの無責任な冷たい少年には戻れない。

「……今年は、何にしよう」

形に残らないものを送り、なかったことにしてやろうか。
それとも消えないものを、僕と同じ痛みをくれてやろうか。
いっそ、無視してしまえればいいのに。それでも何かを期待する双方の瞳を思い浮かべては思考を霧散させる。
覚えているのにも関わらず何も用意しない、なんて残酷なこと出来るわけがない。忘れていた身で言うべきことでもないが、嗚呼甘い。これだから嫌になる。
丸くなったものだ。

「誕生日まで、あと一週間か……」

なかなかどうしてか憂鬱な日は思うほど駆け足では進んでくれない。


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誕生日おめでとう、と書かれたカードを片手にカノは室内をぐるぐると歩いていた。
プレゼントはまだ用意してない。誕生日まで後四日といったところか。
プレゼントは使えるもの、出来るなら消耗品で長く勝手が効くものがいい。だがこれといって不足しているようには思えなかったので見極めようとセトを観察することに決めたのだが、やはりというべきかセトは足りないものは自分で補充していた。つまり、何かを送られるまでもなくセトは自身だけで十分上手く機能していたのだ。
参った。他に考えはないし、下手に残るものを送りたくはないし、昨年と同じはプライドが許さない。しかし、あからさまに消耗品すぎるのを送ってしまえばセトは逆に残るようにと使ってしまうだろう。
セトとはそういう男なのだ。困り果ててしまいたいくらい、優しくて格好いい。だから僕は――……。

「何を送ればいいんだろうね」

カードを裏返しにし、空いた隙間に『何が欲しいの?』と書き込んで机の上に放り投げた。
どうせ誰にも伝わらないのだろうけど。



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セトの誕生日当日。
カノは結局何も用意していなかった。ちなみに寝不足だ。散々悩んだ挙げ句にボイコットをすることに決めたのだ。
朝、セトが起きてしまう前に家を出た。申し訳ないが後日ヘアピンでも買って送ろう。誕生日プレゼントではないけれど、セトには誕生日プレゼントだと言えばいい。誕生日を過ぎてから買ったものを、誕生日が過ぎてから送る分にはきっと僕の頑固な心も妥協してくれるだろう。
ただ、なんていうか。
セトは自分の誕生日に遊び呆けた幼馴染みからのプレゼントなんか要らないよね。



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深夜、アジトの電気が皆消えたことを確認して家に帰ってきた。
セトも寝ただろうな。共有スペースから仄かに香る蝋燭の匂いに頬を緩ませながら自室へと入る。
着替える為、電気をつけた。誰かがトイレに起きてきませんように、と。
ポケットに入れっぱなしだった財布を机の上に置こうとし、ふと誕生日カードの存在を思い出す。嗚呼、これだけでも渡しておくべきだったかな。どうせ忘れてたけど。
何気なくカードを裏返すと見慣れない文が加わっていることに気がつく。蚯蚓が這ったようなこの汚い字を書くのは一人しかいない。

また人の部屋に勝手に入ったな。

呆れながらカードを元に戻して、上着をクローゼットに仕舞い込んだ。時計はまだ十一時を過ぎた程度、間に合うかな。
いや、間に合わなくても別に構わないか。セトが時計なんか一々見るわけないし、遅れたって咎めたりはしないだろう。
カノはセトの部屋の方に足を向けながら、静かにほくそ笑んだ。

寝ていたら叩き起こしてやろう。


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『何が欲しい?』

『いいから早く帰ってこい、ばか』


馬鹿野郎、ごちゃごちゃ考えた僕が阿呆みたいじゃないか。



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色々投げ出しすぎだし、時間ないし!
とりあえずセトおめでとう!!





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