カゲプロ | ナノ





十二月三十一日が過ぎ、今年が終わった。

除夜の鐘が始まったことを確認した僕はこっそりとアジトを抜け出し、街の高台まで来ていた。

今日は何処の家庭でも鐘を聞いているのだろう、疎らに輝く街の明かりと星も見えないくらいの真っ暗な空にまるで天と地が引っくり返されたような錯覚すらしてくる。ごぉん、ごぉんと響く鐘の音はさしづめ世界の終焉を謳う弔いの音であろうか。
もっと近くで見ようと、古い錆びた鉄柵に手を掛けると冬の冷たさがじんわりと手のひらに広がった。手袋でもしてくるのだったと一人冷たい手のひらに悪態をついた。
こうやって一人静かに夜景を見るのは何時以来だろう。最近は団員が増えたこともあり、なかなか一人になれなかったような気がする。
いや、それだけじゃない。元々恋人がバイトに明け暮れていて生活サイクルが合わないこともあり、此処一ヶ月程恋人とは二人きりで話せないでいた。だから本当は気付いて追い掛けてきてほしかったのかもしれない。
こんな見晴らしの良い所を選んだのも、わざわざ除夜の鐘が始まったことを確認してから出たのも、こうして手袋を忘れてきたのも、全てはたった一つのタイミングの為の伏線だったのかもしれない。
自分のことながら自信の持てない推理をただ無言で肯定してほしくて柵に足をかけ、乗り越えた。
下は見えない、見たくない。それでも見てしまうのが人間の深層心理ってやつで、底無しの谷に一瞬気が遠くなりかけ、後ろの柵に手をついた。煽るような風がびゅうっと通りすぎると残ったのは安全バーの外れたジェットコースターのような背筋を撫でる恐怖と未知への好奇心だけ。自分も大概感覚という感覚がずれている。
怖くて今にも胃が持ち上がりそうなのに、絶対的な好奇心の前に全ての感情が打ち負かされる。

柵を、鉄柵から手を離したらどうなるのだろう?

沸き上がった好奇心が芽吹き、瞬く間に実を結んだ。風に煽られ、バランスを崩すかもしれない。そうしたら僕は下へと落下する。でも、落下したらどうなるの?
分からない。分からないことが堪らなく僕の好奇心を刺激した。
そしてゆっくりと柵から手を離し、やや前のめりになってみせると、

「――っ、カノッ!!」

強引に腕を後ろに引かれ、柵に大きく身体を打ち付ける。
驚いて顔を上げると、

「カノ!! アンタ、今自分が何しようとしてたのか分かってるッスか!?」

顔を真っ赤にしながら怒るセトがいた。

「……わ、わぁ、偶然って凄いねぇ。え、なに、バイト帰り?」

どうしてセトが此処に? 除夜の鐘は? マリー達と居たんじゃないの? あれ、バイトだっけ? え、えぇ?
あぁ、駄目だ。頭の中がぐちゃぐちゃする。でも、なんだろう。凄く、嬉しいんだ。

「バイトじゃなくて、っていうか、カノもさっきまで一緒に居たじゃないッスか。急に居なくなったから心配して来たんス。あぁ、でも本当に良かった……」

後もう少し遅かったら、きっと俺は俺を許せなかった。

ぎゅっとセトは僕を抱き寄せると額にキスを落とした。それから抱き合っている時、柵を挟んでいると互いに肋に柵が当たり痛いことに気がつき、苦笑いをしながら柵を渡った。
ようやく僕が柵の内側に来て隣に並んだことに安心したのだろう、セトは僕の腕を固く握り締めたまま厳しい口調で言う。

「どうせまた好奇心に負けちゃったんだと思うから、もう怒らない。でも、俺がどうしても許せないのは……カノ、カノが自分のことよりも好奇心を優先してしまうことッス」

負けるな、とは言わない。ただ、命に関わるようなことは止めてほしい。
切実に言い聞かせるその行為は僕にとって単純な愛の確認でしかない。まだ大丈夫、まだ飽きられてない、まだ愛してくれている。その事実が知れるだけで僕は死んでもいい。
だって、世界でたった一人の僕のセトがたった一人、僕だけを想っているなか死ねるだなんて、素敵じゃない?

「セト、僕がさ、」
「まだ話は終わってないんスけど」

いいよ、別に。君の言いたいことは痛いくらい分かるから。
口には出さない。きっと口に出してしまえばセトが怒るから。でも、セトは敢えて話を続けようとはしなかった。昔から無駄だと判断すると口を噤んでしまうのがセトの癖だった。そしてそれを毎回利用してしまうのは僕の悪癖だ。多分、一生直らない。

「僕が今死んだら、君は僕の最初で最期の人になるんだろうね」

頭上でセトがふっと笑うのを感じた。

「カノは馬鹿ッスね、そんなことしなくてもカノはずっと俺のものだし、俺もずっとカノと一緒じゃないッスか」

セトは僕の腕から手を離すとくしゃりと頭を撫で、手を差し出した。

「帰ろう、キドも皆も心配してるッスから」

セトの手に手を重ねるとセトは「うわっ冷たっ……ちょ、なんで手袋してないんスか!」と身体を震わせる。
ふと夜景に視線を戻すともう大分街の光は消えていた。もう鐘の音も終わりなのだ。
あ、そうだ。

「セト、」
「ん、なんスか?」

「明けましておめでとうございます」

一瞬、意図を掴みあぐねたのか不可解そうな顔をしたセトも腕時計を確認すると察したようで、

「どーも、今年も一年宜しくッス」

と笑った。


願わくば君に伝われ

これまでと、これからと、それからと、




――――――……


今年一年間、ありがとうございました!
そして、来年も宜しくお願い致します!

セトカノに幸あれ!!


お題はDOGOD69様より





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