カゲプロ | ナノ




きっと全国各地では今頃クリスマスなる降誕祭を皆楽しくロマンチックに過ごしていることだろう。
我らがメカクシ団も後れ馳せながら団員を集め、細やかながら食事会のようなものを開く予定だった。そう、『だった』のだ。

結論を言おう。

空調機――もとい、エアコンが壊れた。


この季節、アジトは日射しの関係で一気に寒くなる。炬燵を設置する案がなくもなかったのだが、マリーとカノがだらけるということでキドが却下した。それ以来、冬は電気ストーブと空調機の温風で部屋を暖めるようにしていたのだが、夏の猛暑に引き続く連日の寒さにとうとう空調機がイカれ、追い討ちを掛けるように電気ストーブが壊れてしまったのだ。
よって、アジトは今、凄く寒い状態で食事会なんて無理だと言わざる得ない状況にある。だが、楽しみにしていた会を潰してしまうのはあまり気持ちの良い話ではない。
そこで会は場所を変え、如月家で行われることになったのだけれど、途中注文していたオードブルがアジトに届くことが発覚。
話し合いの結果、留守番としてセトとカノがアジトに残ることになったのだった。






かたん、かたん、と定期的に聞こえてくる安い金属の微かな音にカノはゆっくりと瞼を押し上げた。
どうやら、雑誌を読んでいるうちに眠ってしまっていたようだ。ソファーから上体を起こすと何か肩口に触れるようなものを感じ、視線を落とすとブランケットが掛けられていた。
セトがやってくれたらしい。心の中で小さく感謝しながらセトの姿を探す。
今は、此処にはいないようだ。
遠くでまだあの安い金属の音が聞こえる。もしかしたらセトはそこにいるのかもしれない。
立ち上がり部屋の外に出ようとして足を止めた。ブランケットを羽織っていった方が良いだろう。昼間でも冬は十分に寒いのだから。



「あ、カノ。起きたッスか」

セトはやっぱり居た。何やら大分汚れているけど。

「うん、おはよう。何してるの?」
「古い石油ストーブがあったなって思って、カノも少し寒そうだったッスから」

セトが体をずらし正面に置いてあるストーブを見せる。物置部屋から見つけてきたらしい本当に古い石油ストーブは少しだけ色が剥げていた。

「これ、壊れたんじゃなかったっけ?」
「いや、石油代も馬鹿にならないからってキドが仕舞ってたんス」
「ふぅん、そうなんだ」

セトの傍らに落ちている雑巾を手に取り、セトの手を拭ってやる。いや、決して悪意ある行為じゃないよ?

「石油、あるの?」
「今から買いに行くところッス」

袖口で顔を擦りながらセトが答える。

「じゃあ、買いに行こっか」




「流石に外は寒いッスねぇ」

顔を洗い、きっちりと着込んだセトは頻りに手を擦りながらぶるりと身を震わせた。

「手袋くらいしてきたら良かったのに」
「こんなに寒いとは思わなかったんスよ」

いくら着込んだとはいえ、末端器官を剥き出しで歩いている姿は此方から見ていても寒々しい。普通ここで手袋を貸してあげられたら格好良いんだろうけど、セトと僕の手では大きさが合わない。更に生憎今使っている手袋は生地が伸びるタイプではないのでどう足掻いても徒労にしかならないのだ。

「ポケットに手入れながら歩いたら?」
「嫌ッスよ、なんか危ないじゃないッスか」
「うーん、参ったね……今さら戻るの嫌だし、セトは見てて寒いし、でもセトいないと運べないし」

言う度にどんどんセトの頭が下がっていく。

「あ、カノ、ちょっと腕広げてくださいッス」

思い付いたように顔を上げたセトは数歩後ろに下がり、そう言った。
どうせまた下らないことでも思い付いたのだろう。溜め息を吐きながら御座なりに手を広げてやると、セトは満足したように後ろからぎゅっと抱き締めてきた――というよりはのし掛かったの方が正確で思いっきり前につんのめったような不安定な姿勢となる。

「うわっ……と、セト……?」

冷たい手がコートの隙間から中に入り込もうとしていたのでぺしんと手の甲を叩く。するとそれが気に入らなかったのかセトは更に腕に力を籠めた。

「苦しいんだけど」
「カノってあんまり暖かくないんスね」
「うん、じゃあ離してくれないかな」

重いし、なんて十センチ近くも差があるんだ、セトが軽いわけがない。

「靴底磨り減っても知らないよ」





家……じゃなかった、アジトと商店街を繋ぐ人通りの少ない道を抜けると周囲は一段とクリスマスムード一色となる。派手なイルミネーションやサンタクロースの格好をしたアルバイト店員、丈の短いスカートを履いた女性が男性の腕に胸を押し付ける下手なシチュエーションでさえもこのクリスマスというイベントが引き起こす独特の空気は正当化してしまえる。
ジングルベルと町中の店という店から揃いも揃って流れてくるクリスマスソングに影響されたのか、セトは何処か上機嫌な様子で『きよしこの夜』を口ずさんでいた。

「あぁもう最悪、ホント、最悪……やっぱりセト一人で行かせるんだった」

対する僕は上機嫌とは全く程遠い、不機嫌である。
というのも、先程訪れたスタンドでの出来事である。詳細は思い出したくもないが、セトが後ろに引っ付いた状態のまま引き摺るように入ったスタンドで店員が僕とセトを見比べ、セトに向かってこう言ったのだ。

『可愛らしい弟さんですね、お使いですか?』

はい、ぶっちゃけセトとの身長差は十センチ以上ありますよ、最近ではキドにも負けたし何かキサラギちゃんにすら抜かされそうですけど!ですけど!そこまで離れてなくない!?兄弟!?いや、寧ろこれはどっちかっていうと男友達とかその辺でしょ!!何なの!まじ何なの!!可愛いって言われて喜ぶと思ったー?残念!全然嬉しくないですぅう!!男としての尊厳傷つけられましたーっ!!ぶろーくんはーとだよ!!仮に兄弟を認めるとしてもセトが兄ってなに!まず最初のポーズ思い出せよ、出してよ!!なんか僕の方が兄らしかったよね!?ね!!あーもうっ!セトが上機嫌なの無条件でムカつくし腹立つし!!お使いって年じゃねーっつーの!!ていうか、なにセトもほいほい乗せられてるんだよ!何が『あざーっす』だよ!有り難くねーよ!!

「カノ、カノ、」
「…………なぁに?」

肩を揺すってくるセトにたっぷり5秒開けて不機嫌な口調で返してやるとセトは困ったように笑った。

「キドから電話ッス」

差し出される携帯に素直に出てみると本当にキドだった。遠慮なく携帯を借り、キドに応える。

「もしもし、キド?」
『あ、カノか?』
「うん、何かあった?」

いや、そうじゃなくて……あぁ、いや、その……と何か言いにくいことでも起きたのか、中途半端に言葉を止めるキド。後ろからはキサラギちゃんやエネちゃんと思われる賑やかな声が聞こえてくる。あー楽しそうだなぁ。

『カノ、頼みがある』
「なぁに?」
『……何も言わない、か?』
「……えっと、それどういう意味?」
『笑わないか?』
「ん、うん。キドが言うなら笑わないけど……」
『本当か? 本当に笑わないか?』
「どーしたの、キド?」
『わ、わらっ! 笑わないと己の貞操に誓えるかっ!?』
「え、いや貞操は…………その、えっと……努力します?」
『努力しますぅう!? 舐めてるのか、貴様はっ!! 貴様の誓いは努力するだの何だのそんな甘っちょろい曖昧な、その程度ものなのか!?』
「あーもう、分かった分かりました、笑わないから早く言ってごらん」
『そ、そうか……お前がそういうのなら、』

キドがごほんと咳払いをする。ちらりと横を見るとセトが変な顔をしていた。いや、変な顔は元々か。
しかし、スタンドで買った石油のポリタンクを片手にムスッとした顔をされるとなかなかに薄寒いものがあるので歩みを止めていた足を動かす。せっかく石油を買ったのだからオードブルが届く前に一回くらい使ってみたいという欲もなくはなかった。

『カノ、いいか。よく聞け、一回しか言わないぞ』
「うん」
『カノ、お前がいないと寂しい。その……出来るだけ、出来るだけ早く来てほしい……マ、ママまっ、マッ――』
「マママ?」

『待ってますニャンっ! ご主人様っ♪』


………あー、あーあー、無言無言。ボク、カノ、ヤクソク、笑わない。キド、笑う、ヨクナイ。

『か、かの……?』

無言の僕にキドは不安になったのか恐る恐るといった風に聞いてくる。
ちなみに僕は死ぬ気で腹筋に力を入れているので話せない。再び足を止めた僕にセトまで此方を見てくる。も、もう無理……携帯の通話ボタンを切ろうにも指、指がふる、ふるえて……ぷ、

「―――っ、」
『お、おいっ、カノ、どうしたんだ?』
「ぶはっ……ぷ、ふふっははは、あはははははははははーっ!!!」


ごめん、本当にごめん、我慢できなかった。

「ひぃ、ひぃっふっはっはっはっはっー!!! あーはっはっはっー!! え、なに、き、きど……ふふっ! ご、ごめっ、ふぅっは、はっはっ!!」

腹を抱え蹲る僕にセトが心底理解できないといった顔をしていたが、もうっもう我慢できないでしょ!
一頻り笑い終え、ひぃひぃと頬を痙攣させながらも落ち着いたので携帯をセトに返そうとするがそこで電話がまだ切れていないことに気が付いた。さっきのキドの言葉が脳裏を過り、すうっと血の気が引いていく。
そして、そのタイミングを見計らったように電話口から低い声で、

『……カノ、約束は覚えてるよな?』

と聞こえ、弁解の余地もなく一方的に電話はぶちっと切られた。



X'mas 2012 前



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お気付きの方がいらっしゃると思いますので、後半のキドとカノの会話は『され竜』のパロディです。
一回書いてみたかったお仕置きフラグ!回収されるかどうかは後半に続く!!




ちなみに同時刻キサラギ宅。


「「「王様だーれだ?」」」


シン「あ、俺だ」

エネ「キャー皆さん逃げてください! この性欲の権化たる素人童貞野郎が肉欲にまみれた命令という名の下心見え見えの要求をしてくる前にー(棒)」

シン「しねーし、氏ねよ」


多分、王様ゲームやってます(笑)





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