迷子とその幼なじみ達
「迷子に、なりました……っと」
メール送信。
数分後に返ってくるであろう幼なじみの罵倒一色の返信を思うと頭が痛いが背に腹は変えられない。
つい先程まで確かに商店街を少し抜けた細道にいたというのに、町という構造はいまいち把握し難いものである。
風景や景色、色々なものに一々目を奪われてしまう自分にとって方角などあってないに等しいのだ。視覚的情報を頼りに歩くにも周りが変わっているのだから仕方がない。
記憶が正しければ、この先に古い木造の喫茶店があった筈なのに、今はがらりとした淋しい空き地があるだけだ。
「はぁー……もう、此処何処ッスかぁ」
溜め息を吐きつつ、携帯の着信を確認してみるがまだ来ていない。もしかしたら、気がついていないのかもしれない。
こんな所で遭難だけ絶対に避けねばならない。もしこんな所で遭難なんてしてみろ、あの小さい方の幼なじみが末代まで面白おかしく伝えてしまうことだろう。
あの、小さい方の幼なじみが。
嗚呼、もう、どの道が正しいのだろう。
くるりと視線を回すとその先には小さな猫が佇んでいた。
(あ、なんか、カノみたいッス。小さいところとか)
そんなことを考えながらゆっくりと方向転換し、猫がいる方の、近くの小道を曲がった。
「キドー、セトがまた迷子になってって」
カノの声はいつも気楽で緊張感に欠ける。
それが本人の意識してのことなのだから、こいつはもう本当に手の付けようがない大馬鹿野郎だ。
「そうか。じゃあ、ついでに卵を買ってきてくれるか?」
「え、なにその僕が迎えに行くみたいな、「あ?」
「行きます、行かせていただきます! キド本当大好き! 僕に出来ることだったら何でも頼んで! 卵だけでいいの!?」
ふざけているのか、と疑いたくなるくらい変わり身の早い返しに苦笑いをしながら、
「あぁ、十分だ。必ずセトを連れてこいよ」
とカノの背中を蹴りあげた――もとい、押してやった。
ごく普通に、自然な流れで部屋の隅に掛けてある薄手のコートとマフラーをカノに渡し、半ば追いやるように玄関へと連れていく。
「セト、何処にいるかな?」
靴紐を結びながらカノが言う。
「知ってたら苦労しないし、セトだってわざわざメールなんて送らないだろ」
耳当てと手袋をそれぞれしてやる。マフラーの結びは何やら拘りがあるらしいので敢えて弄らない。
カノは立ち上がるとポケットに携帯と財布が入っていることを確認した。
「んじゃ、いってきます」
「うん、いってこい」
玄関に手を掛け、外へと出ていく完全防備な後ろ姿を見送り、ゆっくりと息を吐いた。
「さて、カノが向こうに着くまで説教でもしてやるか」
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方向音痴の人ってわりとその時時を楽しむ放浪癖の気がありますよねって話。