カゲプロ | ナノ


※シンアヤ前提シンカノ



君が泣いてるの、知ってて知らないフリをしているのです。



「…笑うな」

僕に手を回し、きつく抱き締めるシンタローくん。そこにいつもの不遜な態度や、気丈さは感じられなかった。
寧ろ、泣きすがる子供のような弱さと脆さを体現しているようだ。

「頼むから、笑わないでくれ…」

シンタローくんの過去に何があったのか、どうしてシンタローくんがこんな風になってしまったのか。キサラギちゃんから言われてたし、エネちゃんから聞いていた。でも、シンタローくんはそれを知らない。
僕が知っていることを、知らない。知っていないことを知らない。
僕が知らないフリをして、シンタローくんを追い詰めてることをシンタローくんは知らないのだ。
それって凄くズルいことなんだろうな、とか痛いくらいに締め付けるシンタローくんの背中に手を回しながら思った。

「どうして?」

ほら、僕はズルいんだ。
分かっていながら訊ねて、シンタローくんを苦しめる。
シンタローくんはぎりっと小さく歯軋りをして、僕の腕に爪を立てた。

「怖い、怖いんだ…お前もアイツみたいに消えてしまうのが。いつもいつも苦しみとは無縁みたいにヘラヘラ笑ってた癖に、ずっと一緒だと思ってたのに。気がついたら、アイツは傷だらけになってた、俺はそれに最後まで気づけなかった。我が儘ばっか言って、振り回して、悲しませて、苦しめて、傷付けて、困らせて、それでも笑ってるアイツを見て、大丈夫なんだと思ってた。それが嘘であることにも気づかないで。
苦しいんだっ。誰かがいなくなるのは…。だから、笑わないでくれっ…今だけ、今だけでいいから…」

ほとんど、言い切るようにして言われた言葉を呑み込んだ。
ごめんね、僕の目はどうしようもないくらいに赤いんだ。嘘つきっていうのは気がついたら、自分の嘘に溺れてるものだろ?僕のそれは少しばかり深いんだ。
もう自分では本当の僕を見つけることはできないくらいに。

「大丈夫、大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」

シンタローくんの頭を撫でてやりながら、笑みを浮かべた。
それを横目に見て、君は泣きそうな顔をするんだ。
じゃあ、僕はどんな顔をすればいいんだい?笑うことでしかシンタローくんを慰めることのできない、それしか知らない滑稽な道化はどうすればいいんだい?
寧ろ、それすらも知らないのかもしれないね。
だって、現に君はニコリとも笑ってくれない。

「…頼むから、俺を信じてくれ」

呟かれた一言は、僕の知らない言葉でした。

だって、僕はこんなにもシンタローくんを思っているのに、シンタローくんにはそれが届いてないんだ。


相思相哀





おまけ



カノという人間を俺はあまり知らない。
けれど、その笑顔が偽物であることくらい分かる。

笑うな、笑わないでくれ。

何度懇願したことか。多分、カノも気付いていない。
違う、違うに決まってんだろ。いい加減にしろよ。
俺はお前が無理やり笑ったって、俺は嬉しくなんかないんだ。
なんだよ、なんなんだよ。お前にとっての俺は、そんな笑顔を向けなきゃいけないような男なのかよ。

「……ふざけるな、」

ぎゅっと抱き締めた身体は世辞にも柔らかいとは言えないのに、餓鬼みたいに温かくて。嗚呼、本当に嫌になりそうだ。

「シンタローくん、痛いよ」
「馬鹿、黙ってろ」
自分のことも満足に管理できない阿呆に、甘えることを教えてやりたい。
笑えてねぇんだよ、馬鹿。そんな不恰好なやつなら笑わない方がずっとマシだ。
カノは貼り付いた笑顔の剥がし方を忘れたように笑う。その笑顔を見ているだけで苦しくなるのは、きっとアイツのせいだ。
笑ってた癖に、気が付いたら壊れていたあの子。
重ねないように努めてきた筈なのに、カノが同じことをするから。
「……馬鹿が、もっと馬鹿に見えるぞ」
「なにそれー、シンタローくん酷いー」
腕の中でカノが震える。また笑ってるんだと思う。
ならば、いっそ、頬が痙攣して笑えなくなるまで笑わせてやろうか。
目が見えなくなれば笑わないのか、欺かなくなるのか。口があるからいけないのか。思考があるからか?
それとも、

××してしまえばいいのか?


なんて、絶対に出来ないのだけど。だって、俺はよりによってこんな奴を「あい」してしまっているのだから。

ほんの少しでいいから信頼が欲しかった。
カノが素顔を見せてくれる、何てことのない普通を。


普通の幸せを下さい。





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