キドカノ
パリーン、なんて、弾ける音がした。
「あ、」
セトがやっちゃったッスねぇ…みたいな顔で此方をみてくる。
「それ、キドが気に入ってた花瓶スよね?」
「…うん、」
そう、僕が今落としてしまったのは、この間キサラギちゃん達と選んできたとかキドが嬉しそうに話していた花瓶。
僕の服もびしゃびしゃの酷い状態だったが、復元出来そうにない花瓶が…。
ああ!もう僕の能力が広範囲だったら良かったのに!いやいや、誤魔化すのはよくないけどさ!
よくないんだけど!
「キド、今日機嫌悪いんだよなぁ」
「あららー…今日の夕飯は椅子が一個減ってそうっスね」
「やめて、ちょっと洒落にならないから」
おどけた口調で言うセトも、
「でも、早く謝った方がいいっスよ」
馬鹿セトに急かされるなんて、もう情けなくて。
「分かってる」
苦し紛れのように呟いた。
結論、キドは台所にいた。しかも、やっぱり機嫌が悪い。
謝るなら今日じゃない方がいい。でも、見つかったら余計にぎすぎすしちゃうから、
「あ、あのさ…キド、」
「なんだ?」
どすの聞いた低い声。自然、頬が引き吊るのを感じた。
やばっ…泣きそう。
「悪いが、忙しいんだ。用がないなら話しかけないでくれ」
何も言えず、固まる僕をキドは鬱陶しそうな目で見て、言う。
なんか、もうすでに限界まで嫌われてるんじゃないかとすら思えてきた。そうすると、なんか急に切なくなってきて、目頭が凄く熱くなってきた。じわっと視界が歪んで、息が苦しくなる。
「おい、カノ、用件なら早く…って、」
キドが目を見開く。
「な、なんで泣くんだ!?」
「だ、だって…きどがっ……きどにきらわれっ…」
どうしよう、困らせたくないのに。涙が勝手に溢れてくるんだ。
「別に嫌いとか言ってないだろ!」
「僕、キドの花びんっ…割っちゃって…それで、キドがっ」
「か、かびん!?そんなことしてたのか!?」
「ごめん、なさいっ…!」
「あぁ!もういい!怒ってない!怒ってないから早く泣き止め!」
焦ったように僕を泣き止ませようと必死に頭を撫でたり、背中を叩いたり、頑張るキド。
良かった、嫌われてなかったんだ。
そう思うと途端、安心してしまったのかへにゃへにゃとその場に座り込んでしまう。
「か、かの?」
「良かった…キドに嫌われてなくて…っ」
ふっと上で笑う声が聞こえた。
「馬鹿だな、俺がお前を嫌うわけがないだろ」
覆い被さるようにキドが上から抱き締め、あやすように何度も背中を撫でてくれる。
もう少し、もう少しだけ泣いててもいいかな。
ほんのちょっとだけそう思えた。