カゲプロ | ナノ



※妖怪パロ


稲荷の神社で見た、着物の男。
狐というより猫といった方が正確な大きな瞳と柔らかそうな薄茶の髪。小柄な体に似合わず、大きめの羽織をまるで…そう、現代でいうならパーカーのように着こなしていて。
彼は俺を見つけると、見透かしたように「よく来たね」と言ってみせた。




彼を最初に見たのは春の終わり頃。なんとなしに立ち寄った神主もいない寂れた神社でのことだ。
三桁のプリントを片手に、塾をサボろうと算段していた時だった。

ことんっ

そんな音が境内の中から聞こえた。ぎょっとして見上げると、そこには

「よく来たね」

嬉しそうに微笑む男が、賽銭箱の上に座っていた。




稲荷かと訊ねると彼は、

「残念ながら彼女はもう出ていってしまったよ」

と寂しそうに鳥居を見つめながら言った。

「僕は猫、何の取り柄もない化け猫だよ」

本当はもう一匹鳥みたいな奴がいて、そいつと一緒に狛犬みたいなことをやっていたんだけど。彼奴も白蛇のところに行っちゃった。
寂れた神社だ、ご利益なんてない。

彼は肩を落としながら言う。
俺としては、逆に都合がいいと思った。だって此処ならバレないだろうし、神様もいないなら居座りたい放題だ。

「じゃあ、なんで貴方は此処にいるんですか?」
「嗚呼、何かヤだな。貴方とか、僕の名前はカノ。そう呼んで。えっと…君は、」

彼、カノは恥ずかしそうに手を振った。どうやら、敬われたりするのは苦手らしい。

「シンタローです」
「そう、シンタローくん。よろしくね。なんで僕が此処に残っているのか、だっけ?うん、それはね、簡単に言ってしまえば、此処から動けないからだ」

賽銭箱から飛び降り、石の間を歩くカノは鳥居の手前で足を止めると、おもむろに腕を横に出した。すると、

ばちんっ

なんて派手な音と共に鳥居から僅かに出ていた指先が黒く炭化していく。

「えっ…」

「昔、僕のことをこの神社に封じた祓い屋が居てね。この敷地から出ると死んじゃうんだ」

焦げた指を痛々しそうに眺めながらカノはそのまま来た道を引き返していく。そして、俺の横まで来ると黒く焦げた指をこれでもかと見せびらかした。

「更に厄介なのが力を封じられたことだ。お陰で封印を解くどころか、こうやって人型を維持するのが限界」

憎々しそうなのか?ずっと笑っているから分からないけど、つまり、

「今のカノさんは人型をした猫ってわけですか」
「まぁ…気に入らないけど、そうなるかな」




それから、毎日のように神社に通った。
塾の日とか、塾じゃない日とか。つまり、皆勤賞であった。

それは俺が顔を出す度に嬉しそうに「よく来たね」なんていう風変わりな猫のせいかもしれない。


「封印を解くとどうなるんですか?」

言いながら、がさりとコンビニの袋を賽銭代わりに置いてやる。アイスの入った袋を見て、カノは目を輝かせた。
神社から出れないカノにとって、俺の普通は●ラえもんの秘密道具ばりの好奇心を揺さぶるものらしい。いや、なんで●ラえもん知ってんだよ。

「んー…消えちゃうんじゃないかな」

散々迷った挙げ句、袋の中から丸いボールのようなアイスを満足そうに取り出し、カノは言う。俺は残った方、ソーダ味の棒アイスの袋を開けた。

「え?なんで?」
「皮肉っていうのかな、この土地に縛る力っていうのは、僕が持ってる力より強いものなんだ」

本来ならそんなことないんだけどさ。

色とりどりのボールを面白そうに見つめて、口に含む。食感や香り、その冷たさを楽しむようにカノはボールを口の中で転がす。
それを飲み込んでから、カノは続きを口にした。

「まぁ、現代っていうのはどうも僕たち、妖とは少しばかり引っ付きにくい世の中になっちゃったみたいだね。
だから、封印という鎖と神社っていう柱がないと今の僕は手放しの風船みたいに支えを失っちゃうんだ」

だから、封印が消えると僕も消えちゃう。

今度は味わうまでもなく歯でしゃりしゃりと残りのアイスも一辺に噛んで飲み込んでしまった。カノが少しだけ物足りなそうな顔をしていたので、俺は半分くらいまで食べられたアイスをカノに差し出す。
途端、子供のように無邪気にカノの目が輝いた。
本当にアイス、好きなんだな。
微笑ましく思うのと同時に、じゃあ、もし封印ってやつが何かの拍子に壊れたら、カノさんは消えちゃうんだ。なんて、寂しく思ってしまう。
そんな、たかが一、二ヶ月の付き合いだというのに。

支えがなくなってカノさんが消えちゃうのだとしたら、その封印、

「その支え、俺に移すこととか出来ないですかね」

「多分、上手くやれば…って、えっ!?」

驚いたようなカノの顔に、笑顔で返しながら続ける。なんだ、イケるんだ。それなら、

「俺と一緒に暮らしませんか?」

返事なんて最初から聞いてないけど。
強引にカノの手を掴んで、腕の中に抱き寄せた。


選んだ未来はそれはもうひどいものでした。





お題はDOGOD69様より


んー…近々書き直すかもしれない




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