「なぁ、井浦。井浦は誰と組む?」
ほとんど勢いで出ると決めてしまったレクリエーション。
それもこれも石川が出ると言ったからであり、出来たら石川と組みたい。
誰かの椅子を引きながら正面に座る須田は手持ちぶさたに携帯を弄っている。
世間話のように振られた話題は遠回しに組もうと誘っているようで、俺もそれとなく乗っておく。
「んー特に決めてない。須田は?」
「俺もー」
あ、と声を上げた須田が此方に携帯を翳す。
覗き込んだ須田の携帯にはアンテナが全部消え、圏外と表示された画面があった。
きっとこの連日の暑さで現実逃避の利用者が増えたか、回線が重くなったかしているのだろう。
よく知らないけど。
「あーぁ…これで完璧暇になっちゃったよ」
携帯をポケットに仕舞い、突っ伏すように体を倒した須田を横目に廊下に視線を移す。
石川は来てない。
無事に宮村たちと組めたのだろうか。
そうだ、あかね。
あかねはどうしてるんだろう。
「なぁ、須田」
「んー…?」
「他のクラスも見てこない?」
別に須田を誘う必要はなかったのだが、もし皆が大丈夫だった場合、一人はキープしておかないとゲームオーバーになる可能性を示唆した我ながら最低の案だ。
そんな意図に気がつくことなく、暇潰しを失った須田はあっさりと頷く。
「んじゃ、最初は一組にでも行くか」
「石川ー!」
一組の前で石川の名前を呼ぶ。
気がついた石川が此方に来るわけだが、石川の顔には何故か安堵が浮かんでいた。
「秀、ナイスタイミング。お前、もう誰と組むか決まってる?」
「いや、別に」
「そうか、あ、もしかして須田と組む?」
言われて須田の方を向くと須田は小さくきょとんとしていたが、とりあえず頷いておくと石川はがっかりしたように肩を落とした。
そんな石川の様子に一組を覗く。
ああ、そういうことか。
宮村と堀さんと溝内が組むのだろう。
なかなか意外な組み合わせだった。
吉川さんと石川だけではチームは組めないし、俺と須田でこれまた一人余る。
「柳のクラスは回ったか?」
「これからだよ」
「そうか!じゃあ、行ってみるか」
「あ、チームですか?別にいいですよ」
六組まで移動し、あかねを廊下に呼び出すとあっさり肯定してくれた。
どうやら、このクラスはまだほとんどの生徒がチームを決めてないらしく、ぎりぎり間に合ったらしい。
「これで、五人か…」
やはり、一人足りなかった。
まだ電波の復帰する気配のない携帯電話で時間を確認する。
四十分を過ぎていた。
時間が足りない。
あと、二十分だというのに、しかも徐々にチームも決まっていくこの段階ではどんどん難易度が上がっていくように思えた。
「どうする?」
俺の問いに石川が返すことはない。
考え込むように眉間にしわを寄せていた。
「あ、井浦くん」
ぽんと肩に手を置かれ、振り返るとそこには茶髪に眼鏡の男…渡部がいた。
「ちょうど良かった、組む人がいなくて困ってたんだ」
考え込む石川の様子に察した渡部が照れたように笑う。
そんな渡部に石川が勢いよく振り向く。
「本当か?」
「うん」
どっと疲れが押し寄せたように肩の力を抜く石川は近くで雑談をしていた吉川を呼ぶ。
「吉川ー、決まった!」
「え?本当?」
駆け寄ってくる吉川が合流するのを待ち、更なる議題に移る。
それはどのようにチームを別けるか、だった。
理想としては一組が固まってくれるのが一番早いのだが、井浦としては最も気兼ねなく話せる石川と組みたいという思いは捨てきれたものではなかった。
そんな井浦の気持ちを察しているのか、はたまた同じことを考えているのか石川も井浦に視線を送る。
「どういう風に分けよっか」
グーパーでもしてみる?なんて言えたら何て楽なことだろう。
吉川が石川と組みたいと思っているのは知ってるし、須田は須田で同じクラスの俺がいた方が楽なことも知ってる。
渡部は意外と誰とでも適応出来るが、同中の俺か石川が付いていた方が会話しやすいと思う。
あかねは人見知りだから早く溶け込ませてやるにはフォローしてくれる石川か、俺が引っ張っていく必要がある。
それこそ単身で須田と組まされたらフリーズしてしまいそうだ。
過保護なのは分かっているが。
そして何より折れてやらなきゃいけないのは、俺。
いつまでも我が儘を言っている場合ではない。
「石川と吉川さん、渡部で一つ、俺と須田であかねで一つっていうのはどう?」
吉川さんの扱いが一番上手いのは石川、渡部も同中の石川がいるし、全員一組である。
須田とあかねに関しては無理矢理にでも俺が会話させるから、多分これが最善策。
皆も色々考えていることは違うのだろうが、同じ結論に至ったのか頷いた。
「じゃあ、バンドを取りに行かなきゃね、早くしないと間に合わない」
時計を見ると五十を指していた。
最寄りの廊下に数ヶ所設置してある黒い箱のようなものから人数分のバンドを取り出し、手渡す。
「間違えんなよ、キャンセルは効かないらしいから」
石川の忠告が耳に入るが、そんなことよりも急かすようにバンドを腕に嵌める。
向きを確認し、バンドにあるダイヤルを回すと生徒の名前が書かれていた。
カチカチて動かしながら自分の名前を探し、ボタンを押すとカチリと音がなった。
『使用者:井浦秀』
メンバーの名前も順調に登録し終え、時計を確認する。
五十五。
ぎりぎり間に合った。
そう肩の力を抜きかけた時、
「あっ…」
ぎくりと身を強張らせ振り向く。
そこには焦った顔をしたあかねがいた。
「あかね?」
「す、すみませんっ…ちょっと驚いただけです」
恥ずかしそうに目を伏せるあかねが心配でバンドを覗き込むとそこにはまだ使用者の名前が入ってない空欄があった。
「ちょっと貸して」
目を細めながらスクロールする仕草が不安であかねの手を退けると自分でダイヤルを回す。
カチカチと早いペースで、ミスもなく登録を終えるとあかねの手を離した。
少し赤く変色してしまったあかねの手に小さな罪悪感が生まれる。
「…あ、ごめん。痛かった?」
ゲームを始める前からゲームオーバーなんて事態にはなんとかならなかったけど、これはやりすぎた。
頭を下げようとするとあかねが手で制す。
「いいんです、井浦くん。助かりましたから」
「…あかね」
優しそうに微笑むあかねにきゅっと目に力が入る。
誤魔化すように隣を見ると機械慣れしている渡部と須田は既に終わっており、石川も吉川さんの登録を手伝っているところだった。
石川と吉川さんが終わり、確認に時計を見ると、五十八分。
どうにか間に合ったようだが、少し可笑しくて笑えた。
堀さんたちは大丈夫かなぁ…なんて、きっとこんなにチームを決めるのに時間さえ掛からなきゃ大丈夫だろうと思えた。
ボーン…ボォーン…と鐘の音が聞こえ、『十分以内に教室にお入りください』という放送が流れたので、とりあえず近くの六組の教室に移動することにした。
現在時刻。
【16:01】