main ver black | ナノ







馬鹿といわれたら、そうかもしれない。
それだけのことかもしれない。
けれど、どんなに罵られ蔑まれようと構わない。
そう思える何かがあったことに違いはないのだから。




そのゲームが始まったのは太陽が空のてっぺんに上がり、地上の気温が最高温度まで上がった時のことだった。
外で騒ぐ蝉の声よりじめじめとした陽気が煩わしく感じられた昼下がり。
校内の冷暖房機は一斉に仕事を放棄してしまい、業者を呼ぼうにもこの異常気象により壊れる冷房が多く、また熱中症による欠員が出ていて手が足りてない状況で此方に来るのは早くて二週間後らしい。
所々空いてしまった座席は体調不良による欠席者や早退者。
こんなことならいっそ休校にしてしまえばいいのに、なんて思うも上には上の都合とやらがある。

もっともこんな状態で授業など成立するわけがないのだが。
唯一の希望と思われていたプールですら体育の教員が暑さで倒れたせいで中止。
更に自動販売機が冷えないといった事態も重なり、生徒のイライラはピークに達していた。

午後の授業が始まる直前、散らばっていた生徒がゆっくりと自席に着いていく。
その重い足取りが現状の深刻さを告げているようで、すし詰めのような教室の巡りの悪い空気が生温い風をそよそよと運んだ。

キーンコーン…と聞こえる鐘の音とは対照的に何処のクラスも教師が来ていないようで、喧騒とした雰囲気が校舎一体を包んでいた。

「ねぇねぇ、いしかわぁくん」
「ん?」

斜め後ろの席から話し掛けてくる声の方を向くと、そこには一回りし汗が引いてしまっている宮村の顔があった。
宮村は何処と無く目を輝かせながら廊下の方にちらちらと視線を送っている。

「今日さ、暑いから先生たち休みにしないかって話してたりしてー…」

ふふふと口許に笑みを浮かべながら首を傾げている宮村の意見があながち有り得ないことではないと少しだけ感心した。

「みやむらぁー…外れてたら剥ぐ」
「は、はぐっ!?」

脅すような低い唸り声をあげる堀は宮村と違って普通に暑いらしい。
そちらの反応が普通に正解であることは言うまでもない。
ただし、言動を除く。

「しっかし、本当に遅いなー」
「安田、捕まったんじゃない?」
「あー確かに…って、」

さりげなく宮村の隣(欠席)に座っていた真っ赤な頭の会長が涼しい顔で携帯を弄りながら俺の隣を指差す。
指を辿り、隣をみるとそこには、

「よっす、石川!」

秀がいた。
テンションが高いことには変わりないが額に浮かんだ汗からして無理やりテンションを上げているらしい。
よく見ると表情も少しばかり苦しそうだった。

「…なんでいんの?」

思わず出てきた疑問をそのまま口にしてしまう。

「えっとねー、んーと…なんだっけ?ねぇー仙石くん」

仙石と一緒に来ていたらしい綾崎さんと河野さんが吉川を引き連れながら此方に来る。
呆れた様子の仙石が立ち上がり、そのまま黒板の方に向かった。

『伝達事項』

綺麗な字で書かれたそれに自然と視線が集まる。

「…秀、お前は何か知ってるのか?」

隣にいる秀に小さく耳打ちをすると秀も空気を読み、小さく返してくる。

「詳しくは知らないけど、一組で最後だと思うよ。仙石さんたち順番に回ってるみたいだったから」
「そっか」

会話を打ち切り、黒板に視線を戻すと先ほどより字が進んでいた。
そして区切りをつけたらしい仙石がチョークを置き、振り返った。

「ここに書いてある通り、伝達事項を伝えにきた」

透き通った声が教室に響き渡り、思わず背筋を伸ばしてしまう。

「まず、先ほど全校生徒における体調不良者が50人に達した、このクラスの現状からも分かるようかなり危ない状態だ」

提示された数に息を呑んだ。
多い、いくらなんでも多すぎるだろ。
あらかじめ知らされていた秀の反応は薄いが、それ以外の一組の様子は一言でいうなら言葉を失っている、が正しい。
確かにこのクラスからも欠席者は何人か出ているし、それを踏まえ全校生徒で計算するなら妥当といえば妥当。
一クラス辺りの欠席者は二人〜三人程度、むしろインフルエンザなどと比べたら俄然少ない方だ。
だけど、これはそんな理屈ではない。

「今、先生方が職員会議をしており、一、二年生の早退は決定、まもなく解散予定。三年生については受験前ということで体調を崩されても、勉強しないでも困ると意見が分かれていたが、とある解決策が出された」

少なくとも数回は読んでいる文面らしく、淀みなくすらすらと伝えてくれるそれは聞き取りやすいものだった。

「一、帰宅志願者は今から学級委員に紙を渡すからそれに記入、締め切りは二時三十分に学級委員が俺に提出すること。
二、帰宅しない者についてはそのまま待機。三時ちょうどに始まる校内放送を元にレクリエーションを行ってもらう。
以上、質問については詳細は俺も知らないから無理だ」

すっぱりと切り捨ててしまった言葉は問いをかけるには唐突過ぎて生徒たちは皆一様に言葉を失っている。
そんな彼らを余所に仙石は黒板の字に間違いがないかを確認し、時刻などの追記をした。

「あ、会長」
「なに?」
「先生たちっていつ来るの?」

間抜けにも片手を上げたまま問いかける宮村に仙石は難しそうな顔をした。
確かに、大まかな方針は決まっているのだから全クラスを生徒会長に任せるのではなく、一度くらい顔を出して説明する必要があったんじゃないだろうか。
やけに冴え渡っている宮村の思考は暑さにやられ、一周半回っているかのようだった。

「…俺はこれを三年の全クラスに通達するようにってしか言われてない」

軽く頭を振り、余計な思考を振り払った仙石は一枚のプリントを取り出し、堀に渡した。

「京ちゃん、これ、よろしく」
「ねぇ、仙石。あんたはレクリエーションってやつに出るつもり?」

堀はプリントを受け取らず、仙石の手首を掴み、訊ねる。

「出るよ」

淀みなく答える仙石に堀はこんなに暑いっていうのにご苦労様とだけ呟いて放した。
ついでにプリントも受け取ると仙石は自分のクラスがあるからと引き返していった。

「なぁ石川、お前はどうすんの?」

頬杖をついていた秀が顔を上げる。

「あー…俺?俺は…」

正直、帰りたい。
だが、レクリエーションとやらの内容も気になる。
それに仙石は残ると言っているがいざって時、仙石は体力がない、もし倒れられでもしたら彼奴を家まで送る奴が必要なんじゃないのか。
そしたら体力のある俺が残らなきゃ話にならない。

「出ようと思う」
「そっかぁ…じゃあ、俺も出よっかなぁ」
「え、なに?井浦くんといしかぁくんも出るの?」

堀の机に群がっている帰宅志願者とそうすべきかどうかを話し合っているクラスメイトを横目に見ていた宮村がふと此方を見る。

「一応ね」
「このまま帰るのもあれだしな」
「ふーん…それじゃ、俺も出よっかなぁ」

クラスの様子はまちまち。
きっちり授業を最後まで受けたい派、早く帰りたい派、レクリエーションの内容を知りたい派に分かれるんじゃないだろうか。
しかし、最後のレクリエーションの内容を知りたいっていうのが結構いそうだ。
吉川も早く帰りたいとか言いつつも志願者の紙に名前を書こうとはしないし、仙石にご苦労様と言っていた堀ですら自身の名前を書き込む様子はなかった。
宮村が出るなら私も出ようかなって呟いていたところを見るとまだ迷っているところだし、吉川は答えを出す前に締め切りが来てしまうっていうお決まりであろうことは手に取るようにわかった。

ふと教室の出入口付近に立っている人影に気が付く。

「ん、あれは…」

あれは…確か、二組の須田だ。
俺の視線に気がついた須田は隣にいる秀の姿を捉えるとつかつかと中に入ってきて秀を捕まえた。

「井浦、委員長が集計取るから戻れってよ」
「あぁ、わり」

須田に手を引かれながら教室を出ていく秀を見送り、時計を確認した。

【14:15】

締め切りまで後、十五分を切っていた。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -