「いらっしゃせー」
コンビニの扉を潜ると、愉快な電紙音と共に聞こえる気だるそうな声。
先月から深夜のシフトで入ったらしいバイトの井浦の声だ。
彼がバイトになってから毎日のように足を運ぶこのコンビニはもう自分の庭のようで、いつもと同じく缶コーヒーとおにぎりを片手にさりげない仕草で彼のレジへと並ぶ。
「……、」
ちらりと井浦の視線が此方へと向く。
それもそうだ。
自慢じゃないが、俺は彼のシフトの日に限っていえば皆勤賞なのだから。
しかも深夜。
俺は何食わぬ顔で財布を取り出した。
「340円になります」
最近、深夜になると来る男がいる。
仕事帰りであろうはだけたスーツ姿にビジネスマンかと思いを馳せる。
男が買うのは毎回決まって、缶コーヒーとおにぎり、ちなみに具はランダム。
深夜は客も少なく、楽だからとこのシフトを組んだのだが、正直いって早寝早起きの習慣を続けていた俺にとっては苦痛以外の何者でもなく、たまに来る客が睡魔から一時的に俺を遠ざけた。
今日も、いつもの客が帰ったら早々に交代してもらおうとしていたのだが、
「井浦ー!今日、早く来ちゃったから先に上がってもいいよー」
いつもの客がレジに並ぼうとした時、支店長である堀さんが出てきて、押し退けるようにレジに着いた。
堀さんは至極、当たり前といった様子でレジを捌きにかかる。
客も驚いているのか、ぽかんと口を開けていた。
「ほら、早く帰りなさい。外で柳くんが待ってるわよ」
「え!?あかねが?」
「そうそう、なんか終電逃しちゃったみたいでおろおろしてるのを駅前で拾ったの」
きっとあかねも焦ってたんだろう。
堀さんがいて良かったなぁ…としみじみ。
そして、あかねが待っているなら急がなきゃいけない。
「うん、じゃあ、今日上がるね。堀さん、おやすみなさい!」
「はいはーい、おやすみなさい」
コンビニのエプロンに手を掛け、ふと振り返るといつもの客が堀さんのレジに並んでいて、何か話しているようだった。
なんだ、知り合いだったんだ。
少しだけ拍子抜けした。