私には罪があります。
受けるべき罰があります。
貴方を一人、置いていこうとした罪と罰。
龍之介がその日、立ち寄ったのは生まれ故郷でした。
田舎とも都会とも取れない小規模ながらに豊かな町並みでの暮らしは確かに龍之介を育ててくれたもの。
龍之介はどうしたことか、家族に気付かれないように家へと侵入するとそのまま物置の押し入れを漁り出します。
アルバム。
私が写っているからと不安がって焼いた写真の数々。
龍之介、ダメです、それは見てはいけません!
そうこうしているうちに龍之介は一枚の紙を見つけてしまう。
あぁああああ!!
それを見てはなりません!
それは、それを、貴方が。
私には耐えられない。
「…、う゛ぇっ…ゲホッう゛、はっ…っ!」
咄嗟に龍之介に念を送ってしまう。
途端、龍之介は噎せるように嘔吐し、その身を汚した。
…まさか。
今まで一度も通じたことがなかったのに。
『あ、ぁ…あ』
龍之介…龍之介…龍之介…龍之介。
私は貴方に、貴方は。
一頻り出し終わると龍之介は息を整えながら、その嘔吐物に汚れた顔に笑顔を浮かべた。
「は、ははっ…ね、そこにいるんだよね?」
ぷつんと何かが切れる音がした。
『龍之介!!!私は、私、ジル・ド・レェは此処に!!!』
手を伸ばし、龍之介に触ろうとしても触れず、ならばと再び念を送るが届かず。
生殺しもいいところです!!
龍之介の目は私を見ない。
だって、貴方の目に私は見えない。
聞こえない。
触れられない。
嗚呼、神よ!
これが私への罰だというのですか!?
もう龍之介は私にあの愛らしい微笑みを向けてくれない。
私が見せるもの全てに目を輝かせ、私と語らうこともない。
「…なぁ、そこにいるんだろ?頼むよ、お願いだから、出てきて…俺に最高のCOOLを見せてくれよっ!」
言葉を発するごとにだんだんと口調が激しくなって、龍之介の瞳から生理的ではない涙が溢れた。
「…たのむよぉっ…!」
『龍之介、私は…ずっと、…気づいてください』
龍之介の柔らかな髪を撫でるのが好きでした。
その細い身体を抱き締めることが出来たら、いかに幸せか。
触ることが出来ないのなら、せめて抱くふりでもいい。
龍之介の輪郭に添うように腕を回した。
『…どうか、』
――
言葉を発する度に胸が締め付けられるように苦しくなり、心臓が悲鳴を上げる。
目から溢れたのは、さっきまでの涙よりずっとずっと暖かくて、痛かった。
何で、周りに見えて俺には見えないのか。
苦しい苦しい苦しいよ、×××。
××。
――――……
「ねんねーころーりよーおころりよー」
「?…龍之介、それは何ですか?」
「んー?子守唄だよ、旦那、最近、疲れてるみたいだから」
「…子守唄、ですか。しかし、」
「いーから!旦那は黙って横になって寝てればいーの!」
「は、はぁ…」
「…ねーんね、ころーりよー(旦那、早く元気になって、また一緒にCOOLなことしようぜ)」
――
龍之介を殺すべきか、私が死ぬべきか。
本当に決めなくてはいけない日が、そう遠くない気がしてならないのです。
「俺、旦那になら、どんな殺され方をされても喜んじゃうと思う」
貴方はそう仰っておりました。
けれど、私に貴方を殺すことは出来ません。
私は貴方に触れられないし、元より殺す術を持ち合わせてないのです。
ならば、答えは簡単。
『龍之介…龍之介、貴方をまた一人にしてしまう私を許してください。必ず、必ずや、迎えに来ます』
――
何かが弾けるような音が聞こえ、不意に肩が軽くなった。
からんと乾いた音、床を見下ろすとそこには小さなキーホルダーのようなものが落ちていた。
「ん?」
猫背でギョロ目、しかも俺の趣味にピッタリな感じの。
「へぇ…いい趣味、してんじゃん。これ、超COOLだよ」
旦那にそっくりだ。
「…は、」
旦那って誰だ?
「あ、れ?あれれ?」
だいたい、このキーホルダー、誰のだ?
軽くなった肩に恐る恐る手を乗せる。
別に変わったことなどない。
だけど、何か足りない。
きっと、それはもういないのだろう。
何となく、そう思えた。
「……―なきゃ、行かなきゃ」
旦那が待ってる。
勝手に口が回り、身体が動くような感じ。
まるで誰かの気持ちを代弁しているかのようだった。
それでも、俺は抵抗しなかった。
「ねぇ、次は会えるかな」
――