※死ネタ嫌いな人は注意。
ねぇ、笑ってよ。
遠い意識の片隅で誰かが呟いた。
僕はただ寒くて寒くて、耐えきれず己の身体を腕できつく抱き締め、その場に蹲っていた。
ねぇ、笑ってよ。
楽しそうな少年の声。
「嫌だ」
呟いた言葉は思ったより響いて。
耳がキィンと痛んだ。
あかね、笑って。
不意に少年の声が聞き慣れた青年の声になり、思わず顔を上げるとそこにはいつもと変わらず、きらきらの笑顔を振り撒く井浦くんがいた。
あかね、笑わなきゃ。
「井浦くんが居ない世界なんて楽しくないですっ」
皆、心配してるだろ?
石川とか、仙石さんに綾崎さん。
あかねを思ってくれる人はこんなに居るんだ。
だから、そんな人を困らすんじゃありません。
一瞬、悲しそうに微笑んだ井浦くんは直ぐに表情を正すと立ち上がり、僕に言った。
俺は笑ってる明音が好きだよ。
「…――井浦くんっ!!」
笑った井浦くんが消えてしまうような気がして、手を伸ばすと。
そこにもう井浦くんは居なかった。
夢から覚めて、目を開けてもまだ夢の中に居るような気がしてならない。
ふわふわとはっきりしない意識に溜め息をついて、起こそうとしていた身体を再び横にした。
「井浦くん」
名前を呼んでも返事など返ってくるわけがないのに。
呼んでも悲しくなるだけなのに。
わかっている。
受け入れたんだ。
わかっていても。
思わず握り締めた拳を横に大きく降りおろした。
「冗談じゃないっ!!笑えるわけがないでしょっ!!」
たちが悪い。
こんなに苦しいなんて。
こんなの、こんなの。
こんな風になってしまうなんて、わかっていたら。
「井浦くんをっ…―好きにならなきゃよかったっ…」
それでも君の笑顔は脳裏に焼き付いていて。
気を抜くとすぐに甦ってしまう。
後ろを振り向いてしまう。
また、『あかね』って笑いながら、肩を叩いてくれるって。
「信じちゃ…駄目なんですかっ…」
瞼から溢れ出る無数の滴は拭っても拭っても止まらず、ただ視界を濁らせていった。
君の居ない世界で
空虚に喘ぐ
夢の君は笑っていて、僕は泣いていた。
―――――…
井浦の居ない世界。