「お前、二週間後に死ぬかもな」
下校途中、何となく立ち寄った古本屋のベンチにいつからか腰を掛けていた緑の男が空を見上げながら呟いた。
似てるかな。
顔立ちとか、似てるかも。
「………」
「死因は事故死。友人らと仲良く下校しているところにトラックが突っ込んできて、お前は友人を庇って死ぬ」
お前は優しいな。
口元だけを綺麗に歪めた男は楽しげに目を細めた。
けれど、目はいつまでも空だけを見据えていて、決して笑ってない。
「知ってる?一人言増えるって更年期の始まりだそうだ」
「一人言…まぁ、そう思いたいならそう思え」
男は上を向いたまま静かにベンチに端に寄ると、トントンと開けたスペースを叩いた。
「立ち話もなんだし、座れよ」
俺は無言で頷き、座った。
座って後悔、逃げれば良かった。
肩に掛けていたリュックを下ろし、膝の上に置いた。
「決して避けられない運命ではないが、変えるには少し手間が要る」
「まだ、その話続けるの?」
「もう少しだけ、付き合ってくれ。そしたら、―――…」
後半、よく聞き取れなかったが、よく似た男はようやく空から視線を外した。
嗚呼、やっぱり似てる。
真っ正面から見た男はまるで鏡を覗いているかのようにそっくりで。
不気味なくらいに目が澱んでいた。
「回避する方法を教えてやる」
「まじで?」
「俺に助けを乞うんだ、本当に生きたいと思うなら」
「生きたいに決まって、――「ただし、只とは言えない。奇跡にはそれ相応の対価が必要なんだ」
「まず、お前が何かを犠牲にしても生きたいと思えるだけの意志が必要となる」
「次に対価を用意するだけの意識が必要となる」
「ちなみにお前が払わなきゃいけない対価は二つ」
「1にさっき話した意志だ。それの為に生きたいと思えるくらいの感情、意志を貰おう」
「2はメイン。お前が最も大事にしているもの。親友、肉親、恋仲、記憶、どれでもいいお前が決断の瞬間に要らないと判断したものを一つだけ貰おう」
男は俺を見ていた。
俺は男の言葉を信じてない。
「そんなの犠牲にしてまで、生きたいと思うわけないだろ」
つーか、恋仲って恋人とかいねぇし。
二週間以内に作れる気もしない。
「信じてないだろ?」
「信じるだけの要素がないだろ」
そっか、そうだよな。
男は笑いながら、頷き、「決して馬鹿ではないんだな」と頭を撫でてきた。
「奇跡、見せたら信じるか?」
「例えば?」
「そうだな…あまり陳腐なのでも信じそうにないし、かと言って大きいものでは今回の件とは別の仕事に不相応な対価が発生してしまうし…」
ぶつぶつと呟いている男を放って逃げたい気分。
何となく見上げた空は怖いくらいに無表情だった。
「横の自動販売機が壊れる」
「え…」
男が呟いて、俺が言及しようとした瞬間、男のすぐ横に隣接していた自販機が大きな音を立てた。
ガラガラガラッ!!
的な感じに。
自販機のボタンが激しく点灯したり消えたりを繰り返し、下から缶やらペットボトルやらが溢れてきて。
「おいっ」
慌てて詰め寄る俺を一瞥して、男は自慢気に笑った。
「信じたか?」
「し、信じたっ!だから、これ止めろよ!!」
止まらない自販機。
音が凄いから、絶対古本屋の店長が音を聞き付けて来る。
見つかったら、もうここに来れないじゃん。
止まれ止まれ止まれ!!
「不可能なことは出来ないさ。そこに小さな可能性があるならともかく」
涼しい顔をした男はゆっくりと立ち上がり、落ちたジュースを二本拾い上げ、片方を俺に投げ渡した。
「奇跡にはメリットが伴う必要があるって、俺は思う」
「デメリットの方が大きいみたいな言い方すんな」
「案外、そんなものだ。俺は湯浦。お前は?」
「井浦…井浦秀」
「そうか、井浦か。いいか、井浦。本当に生きたいって思うなら二週間以内に俺の名前を呼べ。起きてからじゃ遅いんだ」
「起きるって大前提なわけ?」
「大前提だ」
力強く頷いた湯浦は手元に残った方の缶ジュースを空中に投げると、呟いた。
「生きるという行為は時に何かを犠牲にしなきゃいけないこともあるんだ」
ゴツッ。
缶ジュースが落ちる音がして、気がついたらそこに湯浦の姿はなかった。
―――――…