北原にはおおよそ異性に対する興味というものは存在しない。
理由はただ一つ。
少し先に見えた後ろ姿に浮き足立つ心が先に行ってしまわぬよう、ゆっくりと深呼吸をした北原は口を開いた。
「お兄さん、お待たせしました!」
振り返るお兄さんの嫌そうな顔をみて、安心してしまう自分がいた。
軽く挨拶を済ませるとニコニコと笑いながら、手を取ると優しく引きながら、お兄さんをエスコートする。
手を振り払われてしまうのでないかという不安もなくはなかったのだが、井浦は実に大人しく当然のように北原の横について歩いていた。
「お兄さん、今日はありがとうございます」
「…別に」
素っ気なく答える声に小さく苦笑しながら、今日の予定を話す。
「午前中にプレゼント選んじゃいますんで、午後からは映画でも見に行きません?」
「プレゼントって?」
「内緒です」
不機嫌そうに顔を背けた井浦は北原の手を払うと北原より一歩前に出た。
「あの店、見てみませんか?」
逃げた井浦を追うようにして、北原はまた横に並ぶと近くにあった雑貨屋を指差した。
―――――……
別に北原が誰にプレゼントを買おうと知ったことではない。
だが休日、買い物を手伝ってくれと言った北原はまるで恋人の誕生日プレゼントを選ぶように楽しそうに商品棚を物色しており、何か裏切られたような気分になった。
いつも俺のことを好きだとか言ってくる癖に、他に好きなやつでもいるのかよ。
なんて、北原の言葉を本気にしていたわけじゃないのだけれど、疑っていたわけでもないし。
凄く複雑だった。
「これなんて可愛くないですか?」
小さく十字架が掘られたシンプルな銀色のイヤホン。
少し飾り気がない辺り、こいつは本当に男だなぁと感じた。
「こっちの方がいいんじゃない?」
横にあった控えめのデコレーションがされたイヤホン。
コードにも柄がプリントされており、これの方がまだプレゼントらしいのではないだろうか。
色は女に渡すならピンクなんだろうな、と何気なしに桃色のケースを北原に見せた。
「少し派手すぎません?」
「馬鹿、これくらいがいいんだよ」
地味すぎるのは可哀想だろ。
何処の誰かは知らないが。
「ふーん…お兄さんはどんなのが好きなんですか?」
「は?関係なくね?」
「…じゃあ、いいです」
そう言ってまた棚と睨めっこ始めた北原を一瞥し、手持ちぶさたに棚を漁った。
なんか、息が詰まる。
それが酷く詰まんなく感じて、何となく手を戻すとそのまま店の外に出た。
「お兄さん!ちょ、なんで勝手に戻ってるんですか!!」
「……わり」
暫くして戻ってきた北原の手には小さな紙袋があって、無事に買えたのかと息を吐いた。
俺じゃない誰か大切な人に渡すプレゼント。
胸がツキリと痛んで、ムカムカとした黒いものが込み上げてくる。
「結構、早く終わっちゃいましたね。少しファミレスで時間潰しません?」
笑顔で手を引いてくる北原が、別の奴の手を引きながらそのプレゼントを渡すのかと思うと何故か無性に腹が立った。
大切そうに抱えられた紙袋の上に小さく添えられた可愛いらしいリボンが風に靡く。
嗚呼…俺と同じだ。
込み上げてくる不快感。
「…帰る」
「え?」
「用は終わったんだろ。だったら、一緒にいる意味ないし、だいたい俺がいなくても良かったじゃん」
あんなに必死に選びやがって。
ほんの少しだけ羨ましく感じた。
別に誰かに愛してほしかったわけじゃない。
ただ、一時でもこいつでいいんじゃないかと考えていた俺がいて、まるで風に吹かれたように靡いてしまう自分に嫌気がさした。
「………」
「…俺は、」
泣きそうな北原になんて言ったら、俺を嫌ってくれるんだろう。
「俺は、お前みたいな…」
「………」
好きでもない相手に傷つけられるなんて。
嫌ったことなんて一度もなかったように思えて。
凄く悔しくなった。
「意味も分かんねぇ奴に振り回されるのは御免だっ…」
虚しく叫んだ言葉は思いの外小さく、今にも消え入りそうで目尻がつうっと熱くなった。
好きって言ったのに、俺のことをずっと見てくれてたのに、お前なんてどうでも良かったはずなのに。
俺に言った言葉を他の誰にも囁いてほしくなくて。
でも、そんなこと今さら言えるわけがなかった。
「お兄さん」
「…帰れよっ…もう知らないっ!お前なんか大嫌いだっ…!」
心配そうに手を伸ばす北原を突っぱね、その場にしゃがみこみ、ぐしゃぐしゃの顔を両手で覆う。
見られたくない、こいつにだけは。
「…お兄さん、」
「……行けよっ…」
「お兄さん!」
強い力で両肩を掴まれ、ピクリと肩が跳ねた。
それから優しく北原は俺の背中に手を回し、赤子をあやすように背中を叩きながら、抱き締めた。
「置いていけるわけがないでしょ、あんな顔見せられたんじゃ」
「…っ…うぅっ…」
「何で泣いてるんですか?」
優しいトーンに溢れ出る滴を必死に堪えた。
嗚咽を漏らす口と整わない呼吸に思わず、北原の胸に顔を埋めた。
顔を押さえていた手は自然とずり落ち、痛む心臓の上で拳を握っていた。
「そんなに俺のことが嫌いですか?」
違うのだと、首を振れば北原は良かったと安心したように息を吐いた。
「お兄さん、この間、誕生日でしたよね?俺、何も知らなくて、本当は夜に渡したかったんですが、誕生日おめでとうございます」
そう言って北原が差し出してきたのは先ほどの紙袋。
思わず、顔を上げた井浦に見計らったように北原は唇を重ねた。
「んっ…」
「好きです。もう異性になんて興味ありません、お兄さんだけで十分なんです」
「きたはら…」
「はい、なんですか?」
「…好き」
それだけ呟くと耳まで赤く染め、顔を伏せてしまった井浦をいとおしそうに見つめた北原は再び井浦を抱き締めた。
貴方が僕を想う
それだけで僕は貴方だけを想える。
世界がその他に変わる。
嗚呼、この瞬間にも幸せが舞い降りてきて、二人の時間を奪い去っていく。
―――――……
なんか色々間違ってるような気もしないではないですが…
『北原に振り回される井浦』でした!
素敵なリクエストありがとうございました!!
そして、さりげに誕生日ネタを引っ張るというね…
それでは、m(_ _)m
――――――……