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♀浦(井浦女体化)


もうすぐ、ここから離れることになります。

上京することが決まってから約1ヶ月。
最初はここから離れるつもりなど、微塵もありませんでした。
少し都心へと足を伸ばした折にきたオファー。
それは雑誌のモデルとして働かないかというものでした。
名刺を貰い、驚いた。
なんたって、それは流行に疎い僕だって知っているような大手のものだったから。
断ろうかとも思った。
けれど、少しだけ時間をくださいと言った。
きっかけがほしかったから。
こんな僕でも変わることができるのか。
悩んで悩んで、大切な友人たちに話そうかとも思ったけど、全部自分で決めようと。

「雑誌のモデルをやろうと思ってるんです」

電話口での会話はいたって事務的で、両親も特に反対はしなかった。
元から放任主義で、僕の意志を尊重してくれる両親。
本当は少しでも反対されたら、なんて逃げていたのかもしれない。

次に石川くん。
彼になら話してもいいと思えた。

「まだ、誰にも言わないでください」

彼はあっさりと頷いてくれた。
話してくれたら、もっと広まってくれたら、僕は彼女に直接伝えなくても済むのに。
石川くんは誰にも言わないでと言ったら、本当に誰にも言わない人だと知っているくせに。

「もう住む場所も仕事も決まってるんです」

両親から許可を貰った段階で返事はしていた。
向こうにも既に顔出しをしに行っていて、正式に契約もしてきた。
心配そうに聞いてくる仙石くんに伝える。
詳しくは追って伝えます、とだけ言って電話を切った。

「いままで、お世話になりました」

寂しそうに笑う吉川さんの乾いた笑い声が電話越しに聞こえた。
嗚呼、あの時、僕が吉川さんを好きになって告白をしなければ、きっと僕は何もできない僕のままでした。
ありがとう。
ありがとう、僕の初恋の人。

「結婚式には必ず行きますので」

堀さんと宮村くんはそんな大袈裟と揃って笑っていた。
賑やかな家庭の様子が耳に入ってきて、胸が熱くなった。
この二人のやり取りは付き合ってからしか知らないけど、皆から聞いていた限り、とても壮絶なものだったから、結婚という一区切りがやけに寂しくも嬉しく感じた。

「再来週、向こうにもう一度、打ち合わせに行くんです」

綾崎さんは絶対に雑誌、買うから!と意気込んでいて。
なんだか、自分が載るかもしれない雑誌を皆に見られるのかと思うと凄く恥ずかしくなった。

「来週、引っ越すことに決めました」

河野さんは最初は驚いていたけど、何も言わず、背中を押してくれた。
やっぱり、彼女は温かい。

「ねぇ、柳くん」


「はぁ…」

荷物の減った部屋にぽつんと置いてあるベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を埋めるように俯せになれば、枕元に置きっぱなしとなっていた携帯が光っていることに気がつく。

荷物を纏めるのに忙しくて、忘れてた。

「(誰だろ…面倒臭い)」

もぞもぞと携帯を手に取り、開く。
着信履歴を見ると見事に一人の名前で埋まっていて。

嫌だ。
言いたくない。
会いたくない。
離れたくない。

忘れかけていた感情がざわりと疼いた。
順調に進んでいたのに、どうしても此処で躓いて。
明日、また明日、と回していく内に追い詰められて、それなら明日など来なくてもいいのに。
先に進まなきゃいけないことは誰よりも理解しているくせに。
ぎりぃっと奥歯が軋んだ。


『ねぇ、柳くん……もしかして、いや、余計なお世話かもしれないけど…』

「………」


『井浦さんに伝えた?』

待ち合わせはしない。
直接、家まで向かおう。
場所はなんとなく知っている。
とにかく走った。

「…はぁっ…はぁっ…」

こんなに走ったのは何時ぶりだろう。
昔はよく走った。
仙石くんからお昼を一緒に食べないかと誘われた時とか、家に居るのにわざわざ着替えて、家を飛び出して。
わざわざ彼女に会いに行った。

『あかね!』

名前を呼んでくれたね。
敬語で話すな、ってよく怒られてた。
強気で男勝りで豪快で、なのに意外と繊細で家庭的で、家では大人しくて、いつも僕の近くにいてくれた。
分け隔てなく接してくれた。
触れた手が、指が、線が、細くて折れてしまいそうだけど、温かくて触れていたい。
嗚呼、嗚呼、全てがいとおしい。

『遅い!もう今日は来ないのかと思ったよ!』

いつもは声が無駄に大きい癖に、

『…無理してない?』

小声で皆にバレないようにいつも気を使ってくれてた。
さりげなくフォローをしてくれたり、その一つ一つが嬉しくて、眩しくて、されど強く惹かれた。

本当は離れたくない。

まだ、伝えてない。
でも、こんな僕じゃ自分で自分を許せそうにないから。

「…っ、井浦さん!」

見つけた後ろ姿、彼女は公園にいた。
振り返る井浦さんの背中をめい一杯、抱き締めた。

「うおっ!あ、あかね!?」

驚く井浦の首筋に顔を埋めて、両手でキツく抱き締める。
振り向かないで。

「井浦さん」
「…な、なに?」

大きく息を吸い込んだ。
溢れる彼女の香り。
伸びた襟足が鼻腔をくすぐる。

「待っていてくれませんか」
「………」
「必ず迎えに来ますから」

苦しい。
辛い。
でも、言わなきゃ。
言わなきゃ。
口を開き話そうとするとそれを遮るように井浦さんが口を開いた。

「…、あ、あのっ――…」
「やっぱり、行くんだね」
「…っ」
「…うん、ごめん…此処ならあかねが来てくれるんじゃないか…って」

本当に来ちゃった…なんて寂しそうに笑う姿に胸が張り裂けそうになる。

「いつ…いつから、そこに」

ぴたりと触れられた指先が痛いくらいに冷たくて、驚いていると、するりと井浦さんの身体が腕から消えた。

「待ってるよ、ずっと」

ぴょこんと正面を向き、後ろで腕を組み、見上げるような姿勢で言う井浦さんを抱き締めたい衝動が襲う。
駄目。
なんて、唇を噛んでいるとぎゅっと井浦さんの手が背中に回った。

「頑張って、あかねなら、きっと大丈夫だよ」

「…は、いっ…」

さようなら、また会いましょう。


別れを告げ、家へと戻る。
それと同時に凄い喪失感に襲われた。

さよなら、さよなら。

何回も何回も、リピートされる。
井浦さん、井浦さん、井浦さん。
僕は暫く貴女に会うことが出来ません。

僕はまだ、こんなにも弱い。

「…っ…うぅっ…」

瞳から溢れるそれを拭うことも出来ず。
嗚呼、君は今、泣いてないだろうか。


さよならよりも


ずっと一緒に居られたら…。


「秀」

声がする。

「…石川?」

嗚呼、私の声、震えてないだろうか。
私の瞳から零れてないだろうか。

「お前…本当にそれで…」
「いい…いい…これで、いいんだよっ…」

言い聞かせるように繰り返す。
私は間違ってない。
間違ってないんだよ。
間違ってないのに、どうして。
どうして、こんなに。

「…これで、良かっ、たんだ、よねっ…」

悲しいんだろう。

「…秀」
「いしかわっ…わ、たし、…まちがって…ないよねっ…まちがっ、て…っ!」

ポロポロと零れるそれは、嘘しか吐かない。

本当は一緒に行こうって言って欲しかった、なんて。

知らない。


―――――……


よく分からないことになってしまった。


えっと…


柳くんと井浦(女体化)の話でした。
告白するタイミングを逃した柳くんと井浦さん。
柳は自分に井浦は勿体ない、見合う自分になりたいと思っていて、その一つのきっかけとして一旦離れることに決めるんですが、
井浦的にはそんなことより早く告白して一緒にいたいという気持ちの方が大きいのですが、柳の気持ちを尊重したい。
結果、離れることになってしまいます。

きっと井浦は何となく柳が離れることを察していて、石川や河野にも聞いたけど、柳の口から聞きたい的なあれです。
上手く表現出来ませんでしたが…。
待ってて、迎えに来る。
なんて言われたところで何も変わりませんが、言ってくれた事実だけでも結構救われたりするものです。

石川は井浦のそういう相手の意志を尊重してしまう不安定さを知っていて、だから心配になっちゃうんでしょうね。
ストーカーで追い掛けてたり、ずっと見張っていたわけではありません。
ただの噛ませ犬くさいのは仕様です。

とかなんとか、語っているうちに長くなってしまいました!
とりあえず、ここまで!
続きは…その…気が向いたら!

――――――……




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