main | ナノ







遅い。

堀は今、一年で最も虫の居所が悪かった。
いや、もしかしたら人生の中で一番なのかもしれない。
高校卒業以来、短く切り揃えられた髪を乱暴にかき上げながら携帯電話を弟の寝ているソファーへと投げつける。

「うわっ」

驚いたように顔をあげる創太も堀の機嫌の悪い原因に心当たりがあるのか罰の悪そうな顔を浮かべると、早々に身の危険を察したのか体を起こし堀に視線を向けた。

「なんで避けてるのよ」
「いや、だって危ないじゃん」

理不尽な物言いの堀に戸惑いながらも創太は下手に堀を刺激してしまわぬようにひきつったような苦笑いを浮かべた。
高校受験に合格し、やっとの思いで手に入れた携帯電話。
有菜とのメールを途切れさせるのは少し残念だが、携帯を壊されるよりはましだとこっそりポケットに忍ばせる。
この状態の姉は何をするか分からない。
冷や汗がうっすらと浮かんだ。

「なんで今日に限って来ないのよ」
「し、仕事が忙しいんじゃないかな…ほら、今日って日曜だったし」
「店ならもう終わってる時間」

確かに。
壁に掛かっている時計は夜の十一時を指しており、堀の苛立ちをより強くしていた。
疲れたように横にどっぷりと座る姉に、創太は仕方なく立ち上がると炬燵に移動する。
そんな創太に気が付いてないのか、堀は大きく溜め息を吐くと仰け反りながら瞼に手を当てた。

疲れた。

今日はずっと宮村が来るんじゃないかってそわそわしてたのに。
結局、来ないじゃん。
高校卒業して宮村と結婚して子供も生んで、宮村は店を継いで、それでも毎年ちゃんと祝ってくれてたじゃない。
宮村にも仕事がある。
分かっていても理不尽な怒りが沸いて、思わず拳を握り締めた。
かちかちと進む時計の針が不意に途切れ、少しだけ大きな音がした。
続けざまに聞こえる聞き慣れた曲。
嗚呼、終わった。
3月25日が終わった。
途端にじわりと目尻が熱くなる。

「創太」
「なぁに?」

炬燵で再び携帯を開こうとしていた創太の手が止まる。

「私、結婚しよっかな」

ぽつりと呟かれた言葉に創太はぎょっと驚くと携帯を落とした。

「………」
「………」


姉との気まずい沈黙に耐えかねていると不意に携帯の待ち受けが光り、有菜からの新着のメールが表示される。
すると創太は途端に落ち着きを取り戻したのか、出来るだけいつもの調子で返した。

「…結婚してんじゃん」
「してないもん」

口を尖らせ、拗ねたように言う堀に創太は小さく溜め息を吐くと蜜柑を手に取り、堀へと投げた。
ぱしんっと景気のよい音が響き渡り、堀は驚いたようにポカンと口を開けていた。
しかし、その手にはしっかりと蜜柑が握られている辺り、運動神経だけは衰えてないとみえる。
まだまだこの姉には及ばないのだと創太は少しだけ眉をひそめた。

「いっくんなら必ず来るよ。忘れてるわけないじゃん」
「…っ、」

弟に気を使わせてしまったこと。
慰められたこと。
そして何より、宮村の顔を直に思い出してしまったことが堀に鋭い痛みとなって返ってくる。
条件反射で受け止めてしまった蜜柑を手持ちぶさたに握りしめながら頭を深く埋めるようにして膝を抱える。

「…、いたい」

微かに濡れた声に創太は静かに頷いた。

「うん」



―――――……


失敗した。
もう日付が変わってしまうではないか。

宮村は走っていた。
理由は今日が愛する妻の大切な日だから。
毎年この日はどんなに忙しくても一緒に過ごせるようにとありとあらゆる手段を使っていたのだが、今日は祝日日曜日。
参った。
親から店を継いで以来、出来る限り自分の力で店を切り盛りしてきたのだが、今日という日に限って客足が途絶えず、閉店ギリギリまで働き通していた。
妻の為にと用意していたケーキの材料も午後の商品に少し使ってしまい、下準備すら十分とは言えなかった。
それでも、店の戸締まりをして明日の用意をしてからケーキ作りを始めた。
出来は当初の予定より随分とこじんまりとしてしまい、時間としても余裕があるとは言えない。
出来上がったケーキを早急に箱に入れると店から飛び出し、ケーキを崩さないように気をかけながら走る。
こんなに走ったのなんて進藤の結婚式以来だし、息があがる。

ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら見えた堀家。
少しだけ足が軽くなる。
昔は鳴らしていたインターホン。
門をくぐり、鍵を開けようとして止めた。

目を閉じ、脳裏に浮かんだのは堀の笑顔。
大丈夫。
大丈夫だ。
そっとインターホンに指を伸ばし、何年か振りに聞き慣れたブザーの音を外から聞いた。


馬鹿みたいと笑われようと

君の名を呼び、伝えたいことがある。


――――――……


堀さん誕生日おめでとう!
本文かすってなくてすみません!
宮村頑張って!超頑張って!!

―――――……






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -