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朝、昇降口を抜けると鼻孔を燻られるような甘い香りが嫌についた。
思わず眉をひそめ、匂いの根元を探るとそこにはいつもと変わらぬ幼なじみがいて、少し引いた。
「…おはよ」

じっと見ていた石川に気づいたのか、井浦は青い顔をして呟いた。

「あ、あぁ…おはよ。つか、秀、大丈夫か?顔色わりぃけど…」

気遣うように井浦の顔を覗き込むと、やはりそこからは甘い香り。
女の子の化粧水や香水とは違った柔らかい香りだった。
石川を無視するように横をすり抜けていく井浦。
顔色は優れず、額には僅かながらに汗が浮かんでいた。


「あれ?今日は井浦くん休みなんですか?」

柳が意外そうに口を開いた。
休み時間。
次が体育だからと早めに教室を抜け、更衣室に入るとそこには柳が居た。
どうやら、合同らしい。

「居ないの?」

宮村が首を傾げた。
いつもなら、居るのに。
朝の井浦の様子が少しだけ引っ掛かった。

「よっ!石川!!ちなみに井浦なら朝からいねぇけど?」

たまたま通りかかった井浦のクラスの男子が言った。

「え?朝、井浦居なかったっけ?」
「俺、来た時は居なかったよ」
「って、お前遅刻ギリギリだったじゃねぇか」

そのまま、友人が来たのか談笑しながら立ち去る男子に宮村は理解不能と石川に助けを求めた。

「い、いしかー君。井浦くんってゆ、ゆゆゆ幽霊?」
「んなわけねぇだろ」

バシッと一発足りない頭を叩いて、石川は脱ぎかけの服を再び着た。

「いしかー君、トイレ?」
「お腹、大丈夫ですか?」

大ボケ×2。
石川は呆れたように溜め息を吐いた。

「なんでそうなるんだよ。俺、ちょっと秀探してくるわ。もしかしたら、保健室に居るかもしんねぇし。先生に見学っつといて」

捲し立てるように言うと、ジャージを入れていたバックを肩にかけた石川は更衣室を後にした。

「井浦くんには甘いよね」
「本人はまるで気づいてませんが」

石川の消えた更衣室で男子が二名笑っていたりいなかったり。


「秀!」
「三年男子石川うるさい」

保健室に井浦は居なかった。


「秀?」

教室にはまるで人の気配はせず、

「秀」

もちろん、校庭にもその姿はなかった。

準備室、図書室、トイレに井浦の気に入っていたベンチ。
昇降口で井浦の靴があることを確認して。
自販機の前を通った時、僅かに甘い香りがして追ってみると、被服室についた。
そこには可愛く盛られたパンケーキ。
井浦の姿はない。
どうやら、違ったらしい。

「何処行ったんだよ、あの馬鹿」

扉を蹴りたい衝動を押さえ、職員室に向かった。

「やすだぁあ!!秀に何かしてねぇだろうな!!」

職員室の扉を蹴破った石川は勢いをおとさず、安田に掴みかかった。

「はぁ!?なんで俺が男に!?」

思わず、コーヒーの注がれたマグカップを落としそうになる安田と異様に据わった目をしてる石川。
寺島先生が居ないことを悔やんだのは初めてかもしれないと安田は思った。

「だって、お前!この間、秀が女だったら抱きたいとか言ってただろ!!」
「ちげっ…俺は元気の良い素直でちょっぴり天然の入った可愛い女子(綾崎)が好みって言ってんだよ!!」
「つまり、それは秀だろ!!」
「井浦は女じゃねぇだろ!!」
「俺の幼なじみは下手な女子より可愛いわ、ボケ!!」
「じゃあ、お前結婚しろよ!!井浦の彼氏になれよ!!幸せにしてみ――グェッ…」

「おい、やす…変態。何言ってるんですか?」


逆上し石川に指を指しながら、大声を張り上げていた安田に鉄槌が下った。
寺島先生の登場だ。

「一組の生徒に手を出すなと…」


くどくどと始まった説教に巻き込まれる前に職員室を立ち去ろうとしていた石川に投げられていた恨めしそうな視線はきっと気のせいではなかった。


その日は朝から調子が悪かった。

目が覚めて、いつもより重い身体を引きずるように起こして、朝の支度をしていると何かの拍子に咳が止まらなくなり、身体が軋むように痛んだ。
風邪かと疑い、薬を取りに階段を降りようとしたら足が縺れ、駆けつけたもとが真っ青になっていた。
それでも家族に心配をかけたくなくて、気合いで学校に行ったわけだが、石川に心配されるとか。

「…結局、変わんねぇじゃんか」

屋上の隅に座り込んで呟いた。
冷たい冬の風に当たる身体が気持ちよくて。
少しだけ休もうと壁に身を預け、ゆっくり目を閉じた。


「秀?」

屋上の扉をゆっくりと開いて、左右を見渡し、石川はある一点に視線を落とすと安心したように笑った。

「…すぅ……」

そこには小さく寝息を立てながら、壁に身を預けている井浦。
何処までも穏やかな表情に力を抜いて。
井浦の横まで来ると、当たり前のように腰をおろした。
否、彼にとってはこれが普通。
井浦の横は石川、石川の隣は井浦。
ゆるく開かれている白い手に手を重ね、眉をひそめた。

冷たい、いつから此処に居たんだ。

冬にしては嫌に薄着な井浦。
普段なら、パーカーを着ていたりと抜け目のない、服装検査すら抜けられない格好をしている癖に。
石川はブレザーのボタンを外し、袖を抜くと井浦の身体にそっとかけた。

「さむ…」

ワイシャツ一枚は流石に辛いらしく、仕方なくジャージの上を着た。
そして、井浦の方に身を寄せると目を閉じて。

「なんか、あめぇ…」


寝過ぎたかもしれない。
目が覚めた井浦は思った。

「ん?」

肩にかかっていたブレザーと隣で眠る半ジャージ男。
今、流行りのファッションのつもりだろうか。
なんて、野暮は言わないけど。
少し寝たからか、朝よりは幾らか調子が戻ったようで軋むような痛みは消えていた。
それから、隣の男が起きないのを確認すると再び目を閉じて。
握られた手が熱いような気がして、火照る頬を隠すように石川のブレザーを深く被ると膝を抱え、ちょっとだけ力を込めた。

「甘いとか、馬鹿じゃねぇの…」

ただの汗だっつーの。


甘い香り

君の匂い


――――――…

多分、これ以上書いたら石川が悶絶する
職員室とか←

何がしたかったと聞かれたら、甘い匂いのする井浦が書きたかった

しかし、現実とは酷なものでフェチっぽい石川が(笑)

―――――……




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