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「ごめんね、井浦くん。なんか、付いて無理矢理きちゃったみたいで」
「え、そんなことないよ!北原さんが来るの凄い嬉しいし、なんだかんだで姉ちゃんも楽しみにしてるから!」

微笑む顔を見て、肌が白いとか、睫毛が長いとか、首が細いとか、思ってしまう。
大丈夫、好きだよ。
ちゃんと愛せるから、安心して。

「ねぇ、あれって、お姉さんじゃ…」

北原が指を指した先には何かから逃げるように走っている井浦。
何回か転んだのか、膝から血を流しているのが見えた。
そして、その後ろを付くように走っている男の姿。
何処からどう見ても姉を追いかけているようにしか見えなかった。
もとは慌てたように井浦を目で追うと、僅かに頬が濡れているように感じた。

「…北原さん」
「何?」
「ちょっと待ってて!!」

また、誰かに襲われているのかもしれない。
助けなきゃ。
姉ちゃんが泣く必要なんて、何処にも存在していいわけがない。

気がつくと北原さんに荷物を預け、走り出していた。
申し訳なさよりも、自分の気持ちに正直でありたい。
姉弟じゃない、一人の男として貴女を見ていたかった。
好きだから、守りたい。
それだけだった。


「姉ちゃん!!!!」


声を大にして叫ぶ。
驚いたように目を見開いた秀はちょうど橋の反対側を走っていた。
後ろを追いかけてくる男はもう少しで秀に追い付きそうで、もとは必死に走る。

「…もとっ…!」

後、もう少しで届くという距離。
秀は唐突に立ち止まった。

「え…」
「…うわっ」

男が勢い余って秀に抱きついた。
ぐらりと揺れる身体にもとが慌てて駆け寄ると、秀は後ろを振り返り、吉川の姿を確認した。

「本当に覚えてないの?」

秀の頬に伝う涙をギョッと見つめていた吉川はその言葉を聞くと表情を緩め、笑いながら、頷いた。


吉川が井浦を追いかけていった後、堀は残された石川に尋ねた。

「透は追いかけなくていいのか?」
「それは、私の仕事じゃないから」

石川は制服についてしまった埃を払いながら立ち上がる。
涙の後も嘘のように落ち着いている石川を不審に思った。
最初の時の頑なさがない。
仙石は様子を探るように石川の行動を見ていた。

「ごめんね、仙石」

視線に気がついた石川が仙石に声をかけた。

「ううん。でも、なんでそんなに隠そうとしてたの?」
「もう、いいんだ」

石川は憑き物が取れたようにスッキリとした顔で微笑んだ。


「ありがとう」


あの時、秀は何を伝えたかったのか。
正直、私には分からない。
何に対してか、下手をしたら私に向けた言葉じゃないかもしれない。
それでも、あの娘の言葉を聞いた時、何かが吹っ切れるのを感じた。
私を跨いで走り出していく姿に旅立ちにも似た何かを重ねた。
多分、ここからは私の仕事じゃない。
これ以上、私が関わると秀はきっと駄目になってしまう。
だから、あの時、吉川は秀にあんなことをしたのだろう。
不器用者め。
全部、裏目に出ちゃったみたいなんだけど。
本人も忘れちゃってるし、馬鹿だよ。
あんたはどうしようもないくらい馬鹿だ。

石川は小さく笑った。


君は変わる

私も変われる?

―――――…






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