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「あ、堀だ」

由紀、よく間違われるけど、よしのりだ。
堀は宮村の手を固く握りしめ、由紀に笑いかけた。

「ちょうど良かった、由紀に聞きたいことがあったんだ」
「なぁに?」

柔和で蕩けるような笑み、きっとそれは由紀のおっとりとした性質を忠実に表しているのだろう。
堀はそんな素直に出てしまう友人を好ましく思う。
まぁ、優柔不断なのはいただけないけど。

「井浦って好きな人とかいるの?」

少なくとも、堀たちよりは長く井浦と付き合っているだろう由紀。
出来れば、親友の透に尋ねたかったのだが、いないのならば仕方ない。
妥協しよう。

そんな堀の内心など由紀が知るはずもなく、困ったような顔をして首を傾げていた。

「えー…どうだったろう…あ、でもー…んー…」

煮え切らない由紀の様子にまたかと堀は溜め息を吐きながら、握っていた宮村の手を離す。
瞬間、寂しそうな顔をした宮村から敢えて目を逸らして。

「いないわけじゃないの?」
「いや…どうだっけ…うー…思い出せん」

眉間にシワを寄せながら頭を抱える友人と物足りなそうに見つめてくる恋人。
呆れたように窓の方を見た堀は何かに気がついたように声を上げた。

「あれ、井浦じゃん」


仙石と透もいる。
でも、なんか様子がおかしい。
堀は探るような目付きで窓に近づき、暫く観察した後、テトテトと横に付いてくる宮村の手を再び握った。
余談ではあるが、二人は移動するとき、必ずといってもいいくらい手を繋いでいる。
嬉しそうな宮村に堀はほっこりとしながら、まだ考えている由紀に声をかけた。

「由紀、下に井浦たち居るみたいだし行ってみよ」
「あ、うん」


嗚呼、何か大切なことを忘れてしまっているような気がする。
何だったろう。
とても大切で忘れちゃいけない、心に刻んでおくべきだったこと。
あの日、あの場所で俺は確かに何かを見て、何かをしたんだ。
透の笑顔が消えたのを覚えている。
何かを叫んでいた。
俺は…。


「好き」

たまに廊下ですれ違ったり、視線が合うときがある。
出来るだけ無視をしているけれど、最初の頃なんて石川がいなきゃ壊れていた。
教室にしつこくやってくる彼や下駄箱の手紙、携帯に送信されてくるメールに着信履歴。
すべてが疎ましく思えた。
それでも、それを悟られまいと振る舞い、涙を堪えた。

泣いてもいいんだよ。

石川は私を抱き締めてくれる。
受け止めてくれる。
でも、石川は吉川くんのだから。

ダメ、男の人がどうしようもないくらい怖い。
彼も、私から石川を取ろうとする吉川くんも怖い。
ごめんね。
吉川くんは私を助けてくれたのに。

「…いしかわ…何処にも行かないで…」

ずっと私だけを、なんて言えるわけないのに。
こうやってすがり付いてしまう。
弱い、弱い私をどうか見ないで。
必死にしがつみく手のひらに温かな何かが触れたような気がした。


弱くて小さな鳥


それが一人だと誰が決めた?


――――――…






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