「井浦ちゃんが男の子、ふってるの見ちゃった」
宮村は怖いものでも見たように堀にすがりついた。
「え?あの彼氏、募集中の井浦が?」
「うん」
ぎゅうっと抱き付いてくる宮村をさりげに抱き返しながら、堀は考え込むようにうつむいた。
あの井浦がふるってことはよっぽど顔が悪いか、性格が悪いか、だよな。
告白の仕方とか、そういうムードとか気にしてたら笑える。
でも、井浦が男の子をふるという格好のネタを彼は手に入れてしまったわけで、少し含みを持たせた笑みを浮かべながら、宮村の旋毛に顎を乗せるのであった。
「うぎゅっ…」
「北原さんってうちの姉ちゃんのことさ…」
「かっこいいよね」
北原さん。
俺の好きな人。
この間、家に呼んだ時、姉ちゃんをえらく気に入ってしまって、その日は姉ちゃんから離れようとはしなかったのが記憶に新しい。
出来れば、出来ることなら、俺も混じって姉ちゃんは俺のなんだって主張出来たら。
「今度、また遊びにおいでよ」
笑顔で言うと北原さんは嬉しそうに頬を染めた。
うん、俺は決めたんだ。
もう姉ちゃんの邪魔はしないって。
だから、北原さんを本気で好きになってみようと思う。
きっと北原さんなら、好きになれると思うから。
「秀、大丈夫か?」
石川は青い顔をしてうつ向く井浦を気遣うように背を撫でていた。
時を遡ること数時間前、井浦はとある男子から交際を申し込まれていた。
普段、彼氏が欲しいと公言している井浦が断るわけがない。
なんて、誤解もいいところだ。
井浦はとある事件より男性を極端に怖がってしまう嫌いがあった。
普通に接している分にはなんてことはない。
だが、ある一線。
友情以上の何かを彼女は端的に嫌った。
それは自分で自分を苦しめてしまうくらい。
思えば、吉川の変な持論も井浦のことから来ているのかもしれない。
石川はベンチに腰掛け、井浦の背をさすり、頭を優しく撫でてやることだけが今の自分に出来る精一杯なのだと唇を噛み締めた。
「井浦ちゃん?」
真っ赤な頭をした小さな生徒会長が不思議そうな顔をして近寄ってきた。
まだ秀は復活してない。
嗚呼、本当にタイミングが悪い。
というより、よく見つけたな。
分かりにくいところを選んだつもりなのに。
「ごめん、仙石。暫く放っておいてくれないか?」
「…なんか、あったの?」
引かない。
仙石はただならぬ井浦の様子に少しだけ不信感を募らせていた。
言えるわけがないでしょ、内心静かに毒づいた石川は仙石には言えないと決意を固めた。
「別に仙石には関係ないことだから」
「関係なくない!い、井浦ちゃんはっ…その、と…友達だし!」
仙石は声を張り上げ、主張した。
いつもの井浦ならお腹を抱えながら反応しただろう。
今はただ何かを堪えるように顔を隠し、私の制服を握り締めていた。
「本当、これだけは誰にも言えない。もちろん、仙石にも」
石川の決意は揺るがない。
あの日、幼なじみが泣く姿を初めて見た。
真っ赤に頬を腫らしながら、声を上げて泣く秀に、もう二度と泣き顔なんて見たくないと思った。
この娘が男に近づくことで傷つくというのなら、私は近づく男を排除するだけ。
大丈夫、必ず私が秀を守るから。
守りたいと思うほどに
貴女はどんどん傷ついていく。
―――――…