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※初期村。時系列とか深く考えないで、だいたい『真夏日』の中間くらいです。


 宮村は今日もまた不機嫌そうに携帯を眺める。
 視界に映り込む前髪が邪魔らしい、長く伸ばされた黒髪を鬱陶しそうに指で払い除け、ピンで止めた。晒された白い額にはシワが寄っている。

「宮村ぁ、何がそんなに気に入らないんだ?」

 声を掛ければ、これまた不機嫌そうに「あ?」と短く返事をし、それでも律儀に答えてくれる。そんな素直なところが宮村の美点だと俺は思っている。
「まず、お前が俺の部屋にさも当然とばかりにいるのが気に入らない」
「あ、複数なんだ?」
「単数だと思ったお前の頭にびっくり。続けても?」
「いや、二個目以上はさすがに泣きたくなるからいい」
「うん、じゃあ次なんだけど」
「話聞いてた!?」
「聞いてた聞いてた。そういえば、さっきからさぁ進藤が呼吸してるせいでこの部屋の酸素が薄くなってる気がする。たまには酸素を出す練習でも……あ、いや、やっぱり進藤が出した酸素は……ていうか、もう二酸化炭素もキモいから出すな」
「それイジメだからっ!!」
 呼吸するなってか。無茶振りだ、無茶振りですよ、宮村くん。
「もうなにイライラしてんだよ、宮村」
「イライラしてねーし、眉間にチーズ練り込むぞ」
「なにそれすげー理不尽なんだけど!」
 明らかにイライラしてる。原因は、さっきからテーブルの上にわざとらしく置かれた携帯電話であろう。一時間に一回、ランプが点滅するだけの見てるこっちまでもが悲しくなる携帯だ。
 原因とか、知らないけど。俺はあくまで他人だけど相談くらいなら、なんて。言うだけの勇気もないので。
 宮村と、宮村の携帯に気付かない振りをし、誤魔化すようにベランダに顔を向けた。雲すらも蒸発させてしまいそうな灼熱の太陽。遠くのアスファルトが歪んで見えた。それを口実に強引に話を逸らす。
「もう夏だな、暑いったりゃしない」
 エアコンのリモコンに手を伸ばすと宮村はそれを素早く取り上げた。
「電気代払え」
「ちょっとくらい変わらないぜ」
「そのちょっとで地球環境と宮村家の家計、主に後者が救われると思いやがれ」
「進藤の体調は?」
「論外。ゴキブリの体調を気遣う奴なんかいないだろ? 大体そんな感じ」
「いや、大体でゴキブリと同種みたいに並べられるのもちょっと抵抗があるんですけど」
「みたいじゃねーよ」
「うそぉ!? 俺、お前の中じゃゴキブリと同じなのっ!?」
「ゴキブリはしぶとい。進藤もしぶとい。ゴキブリには触覚がある。進藤にも触覚がある。あと、黒光り――」
「しないから! 断じて黒光りはしない!!」
 この溢れんばかりのオレンジが目に入らぬか! 宮村は至極うざそうに目を細めると足を伸ばし、俺の脛を蹴りあげた。
「いたっ! ちょ、なにするんだよ!?」
「いや、進藤くんの足は細くて長くて金太郎飴みたいだなぁって」
 取って付けたような言い訳である。ちなみに俺の足はどこを切っても同じ顔ならぬ、骨が出てくるわけだけど、そんなグロッキーは飴はやだなぁ。飴じゃないけど。
「分かった、お前も暑いんだろ? だからそんなにイライラしてるんだ」
「はあ?」
 本気の不理解面。俺は無視する。
「髪を切ってみたらどうだろう。お前、顔は悪くないんだし髪切ったら大分雰囲気変わると思うんだよなぁ」
 こう、ワックスで上げたりすると涼しげかもしれない。と、髪を掻き上げながらジェスチャーしてやると宮村はうぜぇ、と言いながら足で蹴った。
「今の髪型も悪くないけど、すっきりした方が映えるんじゃねぇかな」
 何が、誰と、なんて言わないけれど宮村は不快感を露にしたような顔でピンを外す。ぱさりと下りた黒髪は嫌いじゃない。伸びる過程を傍で見ていた為か愛着だってある。けれど、宮村は変わるべきなんじゃないだろうか。俺個人の好みで縛るべきじゃない。もう宮村は誰かのものだ。彼女の、凛とした彼女の宮村だった。
 もう、暗くて地味な宮村は止めるんだろ?
 口には出さなかったが、宮村はくしゃりと顔を歪め背中を強く叩いた。
「痛いって。なんだよ、宮村」
「黙って殴られろキャンペーン」
「なにそれこわい」
 宮村は数発殴って蹴った。いや、蹴りはキャンペーン対象外だろ。
「お前はさ、俺に言うことないの」
 漸く拳をおろした宮村は怪訝そうな顔でそう言った。
「んー」
 無くはない。いや、たくさんある。しかしそれを此処でいうのは角違いのような気がして、敢えて口に出すのも馬鹿らしく思え、俺は笑って言うのだ。
「お前の拳は重いし、痛いよ」


君だけが悪くない。

そんな気がして仕方がないんだ。







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