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珈琲にするか、ココアにするか、それともお茶なんかの方がいいのだろうか。
自販機を見つめて数十秒。
珈琲は個人の嗜好があるし、何より井浦くんと珈琲という図が上手く浮かばなかったので無難に暖まりそうなココアを押した。
がごん、と音を上げながら落ちてくる温かい容器を自販機の口から取り出し手で包む。それから自分用に無糖を買うと井浦くんの待っている場所へと急いだ。




彼、井浦くんは先ほどと全く同じ場所に全く同じように立っていた。
僕はその姿を視界に入れた瞬間、どうしようもない吐き気に襲われた。ぞくりと鳥肌が立ち、足元がぐにゃりと歪むような、そんな気持ちの悪さ。
井浦くんに何処も可笑しなところなんてない。
だって彼は、さっきと全く変わらずにそこに立っているのだから。
ふわふわと幽霊のように触れたら消えてしまいそうな危うい後ろ姿、けれど背中は手本のようにスッと綺麗に伸びていて、視線は真っ直ぐ線路に向けられてる。何を考えているのか分からない無機質な目に少しだけが異様に彼の存在感を駆り立てていた。
大袈裟かもしれないが恥ずかしい話、僕はそんな井浦くんの形容しがたい雰囲気にすっかりと呑み込まれてしまっていた。高校の友達に対し情けないくらい恐怖を抱いてしまった。

立ち竦む僕に全く気付く素振りを見せない井浦くんは瞬きすらしてないんじゃないかと思えるくらい、静寂に包まれていた。
だが、やがて井浦くんの口角がぴくりと震え、何か言葉を紡ごうとした時、堪らず僕は震える足を動かし、井浦くんの動きを強引に止めた。

「――井浦くん!」

普段ならおよそ出し得ないであろう大きな声を発しながら強く井浦くんの手を掴む。
彼が紡いだ言葉を聞いてしまったら最後、取り返しもつかないことになってしまうんじゃないか。なんていう幼稚な妄想が、不安が、失うことを恐れた。

「あ、かね……」

井浦くんは当然、驚いた顔をして固まる。良かった、僕の知ってる井浦くんだ。
ほぅ、と息を吐く僕に井浦くんは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「どうしたの? 凄い顔してるけど」
いつも通り、何の問題もない。
すっかり安心してしまった僕は、井浦くんの手の冷たさにやっと本来の目的を思い出させられた。
「あ、そうだ。ココア買ってきました」
それを井浦くんの手に握らせてやると井浦くんは少し目を細めて、「ありがと」と小さく呟いた。
さすがに、というか、もう井浦くんが前みたいに大きな声で話すことはなかった。
静かな彼は酷く大人びていて、同時に何処か近寄りがたい雰囲気を帯びていた。そういえば高校の時も口を閉ざすと女子に怖がられていたのだと言っていたような気がする。
石川くんは付き合いも長いし慣れているからそういうことないんだろうな、と考えたら胸の辺りが少しだけ苦しくなった。


こくり、とココアを数口飲んでから井浦くんは、ふぅ、と息を吐いた。
見た目がもう寒いということで井浦くんに貸したマフラーのお陰で首の辺りがだいぶ涼しい。だが、言うとまた自分はいいからとか言い出してしまいそうな彼の為、苦い珈琲を口に含んだ。

「そういえば、今日は何か用事があるんじゃないんですか?」

その言葉に井浦くんは「あー……うん、」と曖昧に返事をした。
それから、改めるように一回深呼吸をして背筋を伸ばすと、しっかりとした口調で言い直す。

「今日は、あか、じゃなくて……や、柳……さんに、」
「いつも通りでいいですよ」
「あ、うん。ありがと。……えと、明音にお願いがある……あります、」



――――――……








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